疑いの狩猟祭5
「まあ確かに大きな貴族ともなれば跡取りを残すために愛人を抱えることも珍しくない……」
この国においては王は一夫多妻が認められている。
過去では一夫一妻であったのだけど跡取り問題が発生したために特別に王様だけは複数の妻を抱えて子供の問題を解決した。
一方でそれ以外のものは未だに一夫一妻制度である。
しかし王であってもあった問題が貴族にもないはずがないのだ。
子が生まれない、女の子しか成せない、事故に遭う、素質が足りない。
様々な貴族としての家を継がせられなくなる事情がある。
そのために貴族の間では昔から愛人というものが黙認されてきている。
愛人に関する価値観は色々あって愛人を絶対に許容しないし自分もならないという人もいれば不自由なければ愛人でも構わない人もいる。
アリアは元はといえば平民。
さらに回帰前のこともある。
家を存続させることに愛人が必要なことは理解するが自分が愛人になるつもりも愛人を許容するつもりもなかった。
だからそうしたことが必要な貴族というのを相手としてあまり考えていなかった。
あるいはイェーガーとリャーダのような関係に憧れがあるのかもしれない。
「分かるわよ、その気持ち。
1番……2も3もなく1番だけでありたいって気持ち。
それに関してもどうかしら、うちの人はカールソンしか私が産めなくて散々他にも関係を持つように言われていたのよ。
でもあの人が愛してくれたのは私だけだった」
何の惚気だと思うがパメラはステキと呟いている。
商人だと子供が多すぎると商売が分裂するなんて言われることもあるけど今は貴族なのでパメラの家も例外ではないのだ。
「そしてカールソン……あの子も父親そっくりよ。
今こうして母親の立場から家のことを考えると心配なこともあるけどあの子はきっと1人の女性を愛してくれるわよ」
何でこの母親そんなに息子を激推ししてくるのか。
カールソンに近づかせない!などと言われるのも面倒だけどこうしてグイグイされるのも面倒である。
「ではきっと将来カールソン様と結ばれる方は幸せですね」
「あらあら……」
これはなかなか牙城を崩すのが難しそう。
息子が気にしているとメイドに聞いたので近づいてみたがやんわりとかわすのが上手い。
エオソートとしてもアリアは良い相手に見えた。
良くも悪くも自分を持っていそう。
しっかりとしていてただエオソートに押されているだけじゃない。
話を聞きながらも背筋を伸ばしお茶を飲む動作は流れるようで美しい。
カンバーレンドも小さい家ではない。
カールソンと結ばれる人にはそれなりの度量がなくてはならないのである。
めんどくさいから関わらないでくれという一枚壁を隔てたような態度が逆に好感的に映っているとはアリアは思いもしていなかった。
女性に手が早くても困るが全く女性に興味を示さないというのも困る。
そんなカールソン興味を持ったのだからもう少し知りたいとエオソートは思った。
ちなみにエオソートにそんなこと吹き込んだのはオモノである。
劇的な展開を狙いたいオモノは外堀を少し埋めてしまおうとカールソンのことを報告していた。
多少過大に伝えたかもしれないけれどエオソートも興味を持ってくれたのでオモノの作戦勝ちである。
「……それでは失礼しますね」
そのまま居座るのかと思われたがエオソートは席を立った。
そして他のテーブルに行くのでもなく引っ込んでしまった。
アリアは一瞬エオソートの顔が歪んだのを見た。
やはり体のどこかが悪いのだろうと睨んでいる。
ただエオソートに聞きに行くわけにも行かないのでパメラと話しながらお茶会の時間を過ごす。
パメラは話し上手なので退屈もしない。
アリアとしてもこうして貴族っぽくなくあっけらかんと話せる相手は久々なので楽しくてよかった。
「メリンダ様……」
クインがメリンダに耳打ちする。
おそらくはケルフィリア教のことだ。
この会場にいる誰も気づいていないがメリンダが連れてきた護衛騎士はいつの間にかいなくなっている。
森の中に入ってギオイルの監視だったりケルフィリア教の動きはないかと探している。
報告をしているということは何かを見つけたのかもしれない。
「少しお手洗いに……」
いつ問題が起こるか分からない。
すぐに動ける準備をしておこうと思った。
アリアは歩きながら考えていた。
エオソートとのことだ。
エオソートの名前を知ってはいたのだけどそれは会ったことがあるとかそんな理由からではない。
ある種の美談のような話を聞いたから知っていた。
それそこエオソートが言っていたことである。
大貴族にしては珍しく1人の妻を愛し続けた男としてギオイルは有名だった。
アリアが大きくなった過去においてエオソートは既に亡くなっていた。
しかしギオイルは再婚することもなく独り身を貫いたのだ。
ふと思った。
ギオイルが愛を大事にしたことは聞いた話であるがエオソート自身についてはあまり聞かない。
こうして話になるほどならば死の理由についても耳に入ってきてもおかしくはないと思うのに。