疑いの狩猟祭3
しかし人が増えてきてもアリアたちのテーブルに座る人はいない。
なぜならそこにアリアがいるからである。
少し前にケルフィリア教との問題が取り沙汰されたエルダン家の娘は良い噂の対象ではあっても積極的に関わっていきたい相手だとは見なされない。
噂を聞きたい好奇心もあろうがそこに踏み込む勇気もない。
距離を置いてヒソヒソと噂話をして楽しむぐらいが貴族の限界である。
「お噂は本当なのですか?」
ただパメラは違っていた。
今現在では貴族であるが元々は商人の娘。
まだまだ家では事業を続けているので貴族でありながら商人でもお家なのだ。
そこらへんの娘たちとは異質な人であった。
笑顔で他の人が踏み込めないことに踏み込んできた。
意外と激情型なアリアのことを知っているメリンダは表情をこわばらせた。
こんなことで怒るとは思えないが未だにトリガーとなるものがなんなのか分からないでいたのでそっとアリアの顔色をうかがう。
「その噂というのも案外本人には届かないもの……よければお聞かせ願えますか?」
アリアは至極冷静だった。
いつかどこかで、誰かが聞く。
誰も触れなければそのうち忘れられていくのだけど忘れられていくと警戒心が薄れてふと口をつくように聞いてしまう。
だから誰も触れないままで完全に忘れられることなど基本的にはないのだ。
「本当にお噂のこと話しても?」
「知りもしないことを肯定も否定もできないでしょう」
「ではお茶会の花だとでも思ってくだされば……」
聞かれて困るような本気の話ではなく軽い雑談のつもりで聞いてほしい。
そうパメラは言って噂について話し始めた。
「そうですね……色々お噂は錯綜していらっしゃるのですがやはりケルフィリア教が関わっているというものが多いです。
エルダン家の奥方様がケルフィリア教の信者で……それがバレてしまったというものはよくお聞きします」
噂とは言いながら人の口を完全に塞ぐことができないので本当の話が漏れたものが元である。
「色々聞きましたが……エルダンのご当主が囲っていた愛人が奥方様を暗殺したという話もありました」
「んふっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
なんとかお茶を噴き出すことは堪えたけれど思い切りむせてしまった。
「な、なんですの、その噂……」
周りに人の目がなければ爆笑していた。
噂の中身が変わっていくことは多々あれどその変わり方は予想もつかない。
ビスソラダが亡くなったことは公表されているけれどどうして死んだのかは一部の人しか知らず、こちらの方は口外しないように強く言いつけられていた。
そのために他の噂からは少し遠い予想も一人歩きしていたのである。
人の間を噂が走り回る間に色んな肉付けがなされていた。
ビスソラダがケルフィリア教に傾倒していることが判明したのだがそこにゴラックが密かに囲っていた愛人が目をつけた。
ビスソラダがいなくなれば夫人の座につけると考えた愛人は軟禁されていたビスソラダのところに行ってナイフで一突き。
しかしちょうどそこをゴラックが通りかかって愛人も捕まったのだけど愛人を罰することも出来ずにこっそり逃した。
ビスソラダは最終的に自分で命を絶ったということにして今回のことは語られないようになった。
「プフッ!」
「オバ様……いけませんわ」
「だって……こりゃ傑作だね」
アリアとメリンダはパメラの話を聞いて噴き出す寸前だった。
意外とパメラは話し上手である。
どうやったらこんな噂になるのだ。
いつの間にかゴラックは架空の愛人を抱えていることになっていてビスソラダが亡くなったのは痴情のもつれからということになっている。
とんでもない不名誉な噂であるけれどここまで振り切ってストーリーになっていれば面白いものである。
事実を元にしても変容するがビスソラダが亡くなったことは情報が少ないのでより変容しやすいものだった。
アリアの父親であるイェーガーも女性関係で家を出たと言われている。
噂をするなら女の影を出した方が面白いのも理解はできる。
そのために噂がこのような形になっていったのだろう。
本人が聞いたら怒りそうな噂であるがアリアやメリンダにとっては中々面白いお話であった。
さらに面白いのはそれからさらに派生したような噂もあるのだけどゴラックが愛人を囲っていたことはほとんど確定事項なのだ。
貴族であるし夫人1人だけでなく複数夫人がいる人も中には存在している。
愛人ぐらいいたって良くある話なのだ。
ゴラックに愛人がいることはまず疑われずそこから先の話のどこが本当なのかとパメラは気にしていた。
ただ中にはケルフィリア教が口止めのためにビスソラダを消した陰謀論的であるが実は核心をついた噂もあった。
「パメラ、あなた話し上手ですわ」
「あっ……話しすぎでしたか。
父にもよく言われます。
お前は口が回りすぎるって」
「今のは遠回しな嫌味じゃなくて、本当にそう思って褒めているのですわ」
時としてこうした言い回しは湾曲した嫌味なことがある。
だけど今回はアリアは純粋にパメラの話の上手さを褒めたのであった。