招待状へのお返事もマナーです2
その点でファノーラは今時の流れというものも掴んでいた。
時には固いマナーよりも周りに合わせたものの方が好まれることもある。
アリアはそのような時代の流れにも疎かったのでこうしたことを教えてもらえるのはとてもありがたい。
「ここまで出来ているのなら家で練習なさるよりも実際に社交の場に出て経験を積む方が良いかもしれませんね」
お茶会でのマナーを見るためにみんなとお茶することにもなったがそこでもアリアは完璧に近い作法を見せていた。
お茶を飲むのは好きなのでお茶会の作法は特に自信があった。
ケチをつけられるとお茶が不味くなるのでケチをつけられないようにと努力したのだ。
当然にカップを落としてお茶をこぼすなんて失態を演じるはずがないのである。
基本的なことはできている。
ならば家の中で閉じこもって延々と練習しているよりは実際の場である程度の緊張感を持って経験を積んだ方がいいとファノーラは考えた。
それに社交の場というのは何もお呼ばれすることだけでもない。
自分でお茶会を開く主催としての立場になることも出来るようにならねばならない。
実際のお茶会では親しい人、親しくない人もいて緊張感も違う。
呼ばれた側であれば呼ばれた側としてのマナーがあり、呼んだ側であれば呼んだ側としてのマナーや気配りが求められる。
「アリアお嬢様の場合、特別緊張なさらなければ問題もないでしょう。
どこかのお茶会に出席するのと自分でどなたかを招待してお茶会を開いてみましょう」
いわゆる宿題というやつだ。
「主催するお茶会につきましてメリンダ様にご協力願いたいのですが」
「私も一端の貴族夫人だからね。
それに娘の手伝いをするのは夢だったんだ」
通常ならば小さい頃から面倒を見てきた乳母や母親が手伝って最初のお茶会を催すものであるがアリアにはそう言った人がいない。
なのでお茶会を主催することにするにあたってはメリンダが手伝うことになった。
メリンダも娘が欲しくてそうしたことに若干の憧れがあった。
それが礼儀作法も完璧で可愛らしいアリアのためというなら喜んで手伝う。
むしろアリアのためなら一から十まで全部やってあげてもいいぐらいである。
「まずは他の方が主催なされる小規模なお茶会に出てみるのがいいでしょう。
そこでお友達でも出来ればアリアお嬢様の活動の場も広がると思います」
ちょうどアリアのところにはいくつかの招待状も届いていた。
カンバーレンドで一応社交の場デビューはしたのでもう表に出ることにしたのだと他の家から招待状が届くようになった。
さらに先日のビスソラダの件以来さらに呼びたがる人が増えていた。
そうした人はきっとゴシップ目的であるが中にはしばらくはエルダンの女性の中心となるだろうアリアにお近づきになっておきたい思惑を抱く人もいる。
「どの家のご招待に応じるのがいいかご自分で考えてみてください。
いくつか候補を絞って私に見せてください」
「分かりました」
いきなりゴシップ目的お茶会に行かせるわけにはいかない。
だからといってファノーラがこれに行きなさいと上から押し付けるのもよくない。
招待状を送ってくれた家や相手を見て、どんな人か調べて目的は何かを察することが出来る様にならなきゃ今後都合のいい食い物にされる。
アリアのそうしたところを見抜く目があるのかもファノーラは確認するつもりであった。
「……心配はしていませんけれども」
エルダンに招待状を送ってくる以上は一定以上の家柄や格式がある。
たとえゴシップ目的でもアリアを貶めたりはしないはずである。
それにこれまで完璧にこなしてきたアリアが変なお茶会を選ぶとも思えなかった。
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「オバ様、どうかなさいまして?」
面倒ではあるが招待状を確認しなきゃいけなくなった。
これまでは出るつもりがないから断りの返事すら出さずに捨てさせていたけれどどこの誰が送ってきたものか開封して確かめていく。
回帰前のこの時期のアリアはまだまだ社交の場に出られる状態じゃなかった。
だから友達もいなかった。
どの家門の令嬢がいいのか少ない記憶を引き出して必死に考える。
社交の場に出るようになってからも交流が続いていたような人もいるが全く記憶にない人も多い。
ただどの招待状も読む限りは規模の大きくない数名での交流会のようなものである。
大規模なお茶会などそうそうないので当然といえば当然である。
お茶会に関してはメリンダにも協力してもらうことになるのでアリアが招待状を読む横にメリンダもいた。
しかしメリンダは自分に当てられた手紙を読んで眉間に深いシワを刻んでいた。
あまり険しい顔をしているところを見たことがないので気になってしまった。
「……アリアには話しておこうかね」
少し悩んだ素振りは見せたがアリアももうメリンダの正体は知っている。
せっかく信頼関係も築けてきたのだから正直に話だけは伝えておこうと思った。
「聖印騎士団からでね。
困ったことが起きているようなんだ」