母親の正体2
「どういうことですの?」
「……あなたを巻き込みたくなかったから言うつもりはなかったんだけどね。
こうなったら正直に話すとするよ。
と、その前に」
「その前に?」
「着替えるといい。
汗をかいたままじゃ風邪を引いてしまうよ。
その間に私はお茶でも用意しておくから」
そう言って笑ったメリンダの顔はどこか寂しげにも見えた。
正直に話すと約束してくれたのだしここは一度メリンダの言葉に従って引くことにした。
メリンダの発言を見つめ直したい自分もいたから時間を置くいい機会だと思った。
どうにもメリンダはアリアの母親と知り合いのような話し振りであった。
なぜ聖印騎士団の話を出してそこから母親の話に繋がってくるのかアリアには理解ができないでいた。
そもそもアリアはあまり母親のことを知らない。
記憶に残っている母親は優しく笑い、優しく頭を撫でてくれたけれどそれ以外に覚えていることなんてなかった。
回帰前に調べようとしたことはあったけどエルダンの人はアリアの母親のことを何も知らず、一般的な平民であった母親の情報も少なかった。
知り合いを探そうとしたこともあったがどの人もアリアが生まれた前後ごろからの母親しか知らなかった。
急に自分の母親が知らない他人のように思えてきた。
着替えを済ませたがアリアの心はざわつきに落ち着かない。
紅茶の用意ができたと呼ばれたアリアの手には剣が持たれていた。
いつでも抜いて戦う気構えはしてある。
「来たね。
座りなさい」
部屋にはメリンダが連れてきた侍女が1人。
対してアリアは誰も連れていない。
シェカルテにはアリアに何かがあったら起こったこと全てをゴラックに話せと言ってある。
アリアはテーブルに剣を立てかけるとメリンダの正面に座った。
「そうだね……何から話そうか」
「その前にそちらの聖印騎士団の方も同席なさってもいいのですか?」
「本当、賢いね」
メリンダはさほど驚いたようにも見えないが侍女は驚きに目を見開いていた。
メリンダを調べて聖印騎士団だと分かった後連れてきた使用人たちのことも調べることにした。
お金が心配だったけれどメリンダの分が浮いたのでそちらに回すことができたのだ。
その結果メリンダの身の回りの世話をしている侍女2人も聖印騎士団であることが分かった。
そのうちの1人、クイン・カーティーはアリアの先制攻撃に度肝を抜かしていた。
可愛らしいそばかすが特徴のクインは誰がどう見たってか弱いメイドである。
なのに会っていきなり聖印騎士団だと言い当てられれば驚かない方が無理である。
「この子は信頼できる。
あなたが嫌じゃないならこのままでも構わないかい?」
「分かりましたわ」
信頼して話してもらうためには相手のことも信頼しなければならない。
不安はあれどここはメリンダに任せる。
「まず、あなたの母親であるリャーダと私は友人だったのさ」
「お母様と、オバ様が?」
今度驚かされたのはアリアの方。
聞いた話ではアリアの母親のリャーダは平民で、そのために結婚を反対されて父親がエルダンを飛び出して駆け落ちした。
メリンダは反対はしなかったぐらいにしか聞いたことがなかった。
「リャーダはね、聖印騎士団だったんだ」
「えっ?」
しかし更なる驚きがアリアを襲った。
「リャーダと私の出逢いから話そうか。
高いお菓子を持ってきたんだ。
食べながらでも聞いておくれ」
昔メリンダはじゃじゃ馬だった。
刺繍より剣、礼儀作法よりも屋敷の外に出て遊ぶことを好んでいた。
ある程度大きくなってもそれは変わらなかったのだけどある時友達であった商人の一家が殺害される事件が起きた。
非常に悲しい出来事であったのだけど物取りがたまたま商人一家と出会ってしまって突発的に殺したのだと結論付けられた。
しかしメリンダはその結論に疑問を抱いていた。
タイミング的におかしいのだ。
その商人はいくつか店舗を持っていて特定の日に利益を集めて集計していた。
あと数日待てば利益を集める日というところで盗みに入ってもあったお金は少なかった。
それを知らずに盗みに入った可能性もある。
しかし実際に盗まれたお金も奇妙なことに簡単に盗めるお金だけで金庫などは手付かずだった。
理由を付けようと思えば付けられるが微妙に納得もいかない。
メリンダはその一家殺害事件を独自に調べ始めたのだ。
「その結果ケルフィリア教が裏にあることを気づいちまったのさ」
聡明で根気強かったメリンダはコツコツと調べ上げていって裏にケルフィリア教が関わっていることを知ってしまった。
そしてメリンダはケルフィリア教に命を狙われることになったのだ。
「今思えば正義感よりも半ば遊びのようなつもりで謎解きでもしている気になっていたんだね。
バカなことをしたもんだよ」
商人について調べていたのはメリンダだけではなかった。
奇しくも聖印騎士団も商人の事件について調べていたのだ。
そのためにメリンダのことも知っていて、ケルフィリア教が真実に近づいたメリンダのことを消そうしていることも事前に察したのだ。
「そしてケルフィリア教に狙われた私を助けてくれたのがリャーダだったのさ」