剣を習おう5
最近になって本は広く売られて平民にも浸透してきたのだけど未だに安いとまではいかない。
そこで古書店が活躍する。
本への興味が高まってきているが気軽に新しい本は買えない。
古本を買い取って安く売る古書店はこうした本に対する需要をうまく掴んでいた。
それでも古本がバンバン売れるものでもない。
生活に困りはしないが贅沢な暮らしをできるほどには儲からない。
今なら普通の書店の近くに古書店はあったりするものだがこの古書店は他の書店から遠い。
建物も古そうだし中に客も見えない。
だがやっていける理由がある。
軋むドアを開けて中に入る。
紙とインクの匂いがする。
そんなに嫌いな匂いじゃない。
「いらっしゃい」
中には痩せた男性がいた。
シワの感じからするとかなりお年を召しているように見えた。
声もしわがれていてどう見てもお年寄りなのだけど、なぜかまとう雰囲気はお年寄りに見えなかった。
「何かお探しで?」
人がいないか一応見回すアリアに声をかける店主。
薄く微笑みを浮かべていて人が良さそうだが見た目に騙されちゃいけないことは誰よりも分かっている。
「グリーンを売りに来ました」
「グリーン?
一体どんな本かな?」
アリアが合図をすると後ろにいたシェカルテがカウンターにお金の入った袋を乗せた。
お金が自由になった時からアリアはちゃんとお金を貯めてきた。
使っているように見せかけるのは大変だったけれどお菓子や紅茶といった消費するものに使ったということでこっそり貯めていたのだ。
売りに来たというのにお金を出すとは何事か。
シェカルテは疑問に思うが店主は何も言わないで袋の中のお金を数え出す。
「グリーン会員でいいのかな?」
「将来的にはブラックも目指しますが今はそれで構いませんわ」
会員とかブラックとかなんだろうと疑問が次々に湧いてくるけれど会話に水を差さないためにシェカルテは真面目な顔をして黙る。
「これじゃ多いよ」
「もちろんこのまま取引するつもりですから」
「なるほどね。
それで何が欲しいんだい?」
「……メリンダ・アクオ。
旧姓メリンダ・エルダンについて調べてほしいですわ」
予想外の言葉が出てきてシェカルテが驚きに目を見開いた。
「メリンダ・アクオね。
最近エルダンのお屋敷に来たっていう」
「そうですわ」
「…………そうだね。
その依頼なら難しくないだろう。
先払いで引き受けて、情報そのものはまた別料金で払ってもらうよ」
アリアを見て少し引っかかるような顔をした店主だった。
メリンダのことも知っているのだ、おそらくアリアのことも知っているのだろうと予想はできる。
なぜ同じ家の中で人を調べさせるのか疑問に思ったのはシェカルテだけじゃなかった。
「分かりました」
「それだけかい?」
「あとは人を探してほしくて」
「人かい?
もちろんやってるよ」
「ゼムーシャ・ヘカトケイという女性を探していますわ」
「ゼムーシャ・ヘカトケイね」
「軽くその人のことも調べてくださると助かります」
「はいはい、承知しました」
「それではお願いします」
「分かりました、お客様。
それでは情報がまとまりましたらどちらにご連絡を差し上げれば?」
「んーでは……」
そしてアリアは一軒の家の場所を伝えた。
「そちらに伝言なり残してくださればまたこちらに伺います」
「分かりました。
ではしばしお時間いただきます。
お代はこれぐらいで、あとはお返しします」
随分と軽くなったお金の袋を受け取る。
「後もう1つ」
「んん?
なんですかな?」
「何かオススメの本はありますか?」
「本……」
意外そうな顔をする店主だけどここは古書店だ。
ここに入ってくる人は本を買いに来る。
一応本の一冊でも持って出た方が外で待つレンドンにも説得力がある。
「シリーズ物がいいですわね」
ついでにシリーズや何冊も出ているものならまた来る理由にもなる。
「シリーズ物かい?
そうだね……そこの棚にあるストファーツの手を取ってなんかオススメだよ。
続きの本もあるし、お客様ぐらいのお年なら読んでいても不自然な本でもないでしょう」
「ではそれを買いますわ」
「ありがとうございます」
読むつもりはないけどしょうがない。
アリアは最後に本を買ってお店を出た。
「お待たせいたしました」
「好みの本は見つけられましたか?」
「ひとまず面白そうなものを一冊買いました」
用事は済んだ。
疲れたからといってお買い物を引き上げてアリアは馬車に戻って家に帰る。
「あれは一体なんだったのですか?」
アリアについてあまり疑問に思ってもしょうがないとは思っている。
怒らせると怖いことは分かっているし疑問を抱いても口に出さずにいることが最近は多いのだけど流石に何も知らないシェカルテにとっては全てが謎すぎた。
「何が?」
「あそこは……なんなのですか?」
「あそこは情報屋ですわ」
「情報屋ですか?」
「そう、情報を売り買いすることを生業にしているお店ですわ。
古書店は見せかけの姿でその実態は情報屋なのですわ」
「情報屋なことは分かりましたが……」
「あと質問は1つだけ」
疑問はたくさんある。
けれどそれを全部答えていては日が暮れてしまう。
別に聞くのはいいけれどそんなに丁寧に全て答えてやるつもりなんてない。