良い女が助けに来た1
もはや隠しておけるはずもない。
エルダン家の醜聞は瞬く間に貴族に広まった。
ここで各家が警戒してケルフィリア教を自分の家の中で探してくれればよかったのだけどどの貴族もエルダン家の出来事を対岸の火事とばかりに笑うだけだった。
まさか自分の家の中にケルフィリア教がいるだなんて誰も思わないようでアリアは舌打ちしたい気分だった。
少し警戒してくれればいいのにこの話を教訓と出来る貴族などいないのである。
まあ他の家がどうなろうとアリアにはどうでもいい話である。
今後ケルフィリア教がエルダンに入り込もうとすることは難しくなった。
また帰る家を失うことはなくなったのだ。
ケルフィリア教が一掃されて家の中も忙しくなった。
ビスソラダに近かった使用人がケルフィリア教だった。
家の仕事をやってくれていた人たちも多く、人がいなくなった分の負担は残った人たちに重くのしかかった。
だからといって簡単に人も雇えない。
「全く……何をしてるんだい」
次の先生を決める余裕もなく、少しでも力になりたいとアリアはゴラックの仕事を手伝っていた。
こうしたことは母親から習ったと押し切り、最初は懐疑的だったゴラックも差し迫った状況にいくらかアリアに任せるようになった。
それでも仕事は楽にならない。
そんな時に来客があった。
門番を突破し、メイドたちの制止も振り切ってゴラックの執務室のドアを激しく開けた中年の女性。
黒いレンズのメガネを外してニヤリと笑ったその女性を見てアリアはちょっとカッコいいと思った。
「話は聞いたよ!
お困りのようだね」
「この方は……?」
「姉さん……来るなら連絡ぐらい……」
「あっ、この方が」
「連絡して、返して……なんてまどろっこしいことやるより直接来た方が早いでしょ」
この竹を割ったような女性はメリンダ・アクオ。
旧姓メリンダ・エルダンであった。
アリアは回帰前にこの人に会ったことがない。
名前から分かるようにメリンダは結婚していて、今はもうこの家の人ではない。
家には時々帰ってきていたらしいが回帰前はアリアも塞ぎ込んでいて人に会いたくなかったのでメリンダにも会わなかった。
そして最後に家が潰れてもメリンダは姿を現さなかった。
別にそのことを恨んだりしていない。
メリンダはもう他の家の人であまり積極的に関わってもいい立場ではなかった。
もしかしたら回帰前にはビスソラダの牽制もあったのかもしれない。
「この子が噂の子かい?」
「あっ、はい。
よろしくお願い……」
「いいって、そのまま座っていなさい」
メリンダはアリアの隣に腰掛けると立ちあがって挨拶しようとしたアリアの唇に人差し指を当てて止める。
ちょっとドキリとする。
「ふふっ、可愛い子じゃないか!
聞いていたより、頭も良さそうだね」
アリアの目を覗き込み、そしてギュッと抱きしめた。
急な出来事に対処も出来ない。
「私はね、妹が欲しかったんだ。
見てみなよ、可愛くもない弟だ。
私の子供も男だけでね、やっぱり女の子はいいもんだね!」
ムニムニとほっぺたを触られたり髪を遊ばれる。
ゴラックに助けを求める視線を送るけれどゴラックは済まないという表情を浮かべて視線を逸らして助けてはくれなかった。
「それで何の用で来たんですか?
可愛くもない弟の顔を見に来たのではないでしょう?」
「なんだい、拗ねちまってるのかい?
顔は可愛くないがあんたはいつまでも私の可愛い弟だよ」
メリンダがこんな人だなんてアリアは知らなかった。
貴族の女性といえばもっとお淑やかだと思っていたけど遥かにサバサバしている。
他の女性よりもよっぽど好感的である。
「そりゃ当然この家に起きたことを知ったからだよ。
本来私は関わるもんじゃないが可愛い弟の危機とあっちゃね」
メリンダは何人か仕事の早い使用人を連れて来ていた。
事の顛末を聞いて人が足りないだろうと思ったのだ。
ついでにその時に女の子がいることも聞いて、居ても立っても居られなくなった。
昔から妹が欲しい、結婚してからは娘が欲しいと思っていたがそれに恵まれなかった。
話をさらに聞くととても可愛らしいというではないか。
行動力のあるメリンダが動くのは当然だった。
メインはアリア。
ついでにエルダン家のピンチを助けに来た。
「本当に可愛い子だねぇ。
お前さんの仕事まで手伝って頭も良い。
立った時の姿勢も悪くないし……兄さんはこんな子残すなんて馬鹿なマネをしたもんだ」
メリンダの目に悲しみの色が混じる。
アリアの父親が結婚に反対された時メリンダはアリアの父親の味方であった。
貴族だからと身分差で結婚を認められないなどメリンダには理解できない話で家を出てまで愛を選んだ兄を尊敬してすらいた。
もちろん残された者の苦労はあったけれど結婚を認めなかった責任もあるので文句は言えないだろうと思っていた。
家を出たために全ての物は処分されてしまった兄の忘れ形見。
「あのバカタレ……家は捨ててもいいが子を残していくことはないのに」
アリアの頬を撫でる指先は優しい。
「それにいざこざでここに来てまで苦労かけたようだね。
ゴラックは不器用な男だから他にも色々配慮なんて足りなかったんじゃないかない?」
「いえ、そんなこと……」
「いいんだよ!
あいつに細かい配慮なんてできるはずがないからね」