母よりも悪女たれ10
ディージャンの言うことにも一理ある。
マーシュリーに関してはケルフィリア教の証を持っていたという物理的な証拠がある。
しかしビスソラダに関してはアリアの話の中でマーシュリーが言ったとされているのみなのである。
証拠としては弱い。
アリアを騙して引き込むためにビスソラダの名前を出したという主張は筋の通った主張である。
それに親愛の情がある。
いかに異端な宗教に身を落としていたとしても母親は母親。
理由があったとか、間違いだったとかケルフィリア教とは無関係な可能性を探そうとすることは当然である。
ゴラックにも迷いが見える。
ここまで連れ添ってきた妻が異端な宗教を信じているとはとても受け入れられない。
「では……」
証言だけでビスソラダを落とせるとはアリアも思っていない。
むしろここで落ちてしまってはいけないぐらい。
動揺する年端もいかない少女であるはずのアリアから出てきた提案。
うっすらと笑みを浮かべるアリアは美しく、こんな状況においては異常であった。
けれども状況そのものが異常なのだ、ゴラックもディージャンもアリアの態度が異常であることに気がついていない。
そしていつもなら受け入れることのない提案だったのだがビスソラダを信じる思いと疑う思いのせめぎ合いが判断能力を鈍らせた。
「なるほど……確かにそうすれば確実ではあるな」
「大丈夫です。
おじ様とお兄様がいざとなればすぐに助けてくださるのでしょう?
お2人がいてくださるならなんでも出来ますわ」
「しかしそれでは……」
「ビスソラダ様のためですわ」
「母上のため……」
『弁舌のレベルが上がりました。
弁舌レベル0→1』
『洗脳のスキルが上がりました。
洗脳レベル0→1』
ここに来てとんでもないスキルが上がった。
上手く口を使ってきたから弁舌スキルが開花してもおかしくないがまさか洗脳スキルにまで繋がってくるとは予想外であった。
洗脳スキルが開花したということはこの会話の主導権はアリアが握り、2人を転がすことに成功したことを表している。
「よし、やってみよう」
「父上……!」
「アリア、今日はもう明日に備えて休みなさい。
イングラッド先生を呼んでおくから診てもらうように」
「分かりました、おじ様」
いよいよ計画も大詰めとなる。
アリアは自分の部屋に戻る。
「いいんですか、父上。
あのようなこと、本当に……」
「体の傷はともかく、この証やケルフィリア教のことはなんとでも言い訳ができてしまう。
あの子の言うがままにやるべきか正直迷いはあるが……他に確実にマーシュリーを押さえる手段がない。
明日勝負を決めてしまわねばなるまい。
アリアに害が及ぶ前に止めれば問題はないだろう」
ケルフィリア教は過激な者も多いことでも知られている。
家にケルフィリアが潜んでいることがバレてしまったらどんな手に出てくるのかも分からない。
動きを急ぎすぎている感じはあるが時間をかけるほどにリスクや逃げられる可能性が高まってしまうこともまた事実なのである。
その日起きたことにはかんこう令が敷かれた。
「ディージャン、覚えておけ。
家主となる者は時として私情を捨て、正しく公正な目で物事を判断せねばならない時がある。
例え相手が身内であってもその目を曇らせてはいけないのだ……」
「父上……」