母よりも悪女たれ7
だからたまにはアリアのいる別邸で少しお茶でもしながら話さないかと誘ったのだ。
ただどうやら時間を少し間違えて伝えてしまったようだ。
授業が終わった後に来るはずだったのだけどユーラは早めに来てしまった。
アリアの授業を邪魔してはならないとドアの隙間から覗いていたが流石に叩かれるのを見ては我慢もできなかった。
「答えろ!
あんなものが……」
「お兄様!」
今にも切りかかりそうになっているユーラをアリアが止める。
「アリア!
いくら教えるためと言ってもやりすぎだ!」
「いいです。
これは私に必要なことですし……ビスソラダ様もそうおっしゃっていました」
「母上が?」
「そ、そうなのです。
早くエルダンに相応しくなるようにお教えするようにと。
そしてアリアお嬢様本人の意思でもあります。
厳しくお教えすることで礼儀作法のレベルも上がっていくのです」
ビスソラダの名前を出されるとユーラは弱い。
アリアもウルウルとした瞳で制止してくるくるものだから高まった怒りが一瞬にして萎んでいく。
「先生、今日は……」
「そうですね。
もういいお時間ですし失礼いたします」
追及される前にマーシュリーを逃す。
マーシュリーもこれ幸いとばかりにそそくさと部屋を出ていく。
「アリア……本当に大丈夫なのか?」
「ご心配ありがとうございます、お兄様。
ですがこれは私がやらねばならないこと。
私が乗り越えねばならないことなのです」
「……そうなのか」
アリアは以前エルダンのためになりたいと語っていたことを思い出す。
それだけの決意でアリアは望んでいる。
実際はほとんど痛みもなく騙すために続けているのだけどそのようなことを知るはずもないユーラは密かに感動すら覚えていた。
同時に心配もしている。
こんなに儚げなアリアが無茶をして大丈夫か。
未だにユーラの中でアリアは体の弱い印象のままなのである。
そこにちょうどシェカルテが紅茶を運んでくる。
シェカルテが横領しなくなったのでアリアは自分に入ってくるお小遣いも自由に使える。
お茶に合うお菓子だって用意できるのだ。
ユーラは優しくアリアに付き添って席に座らせてくれる。
紅茶を口に含んで鼻に抜ける香りを楽しむがユーラはそれどころではないようだ。
「ですが……もし、もしも辛くて、耐えられそうになかったら助けてくれますか?」
このままでは会話にもならない。
アリアは今が好機であると畳み掛ける。
これまでユーラに絡みつく鎖にくさびを打ち込み続けた。
ユーラが自ら立ち上がるか、それともこれからも自分で考えることのできない嫉妬の塊でいるのかの分岐点に立っている。
「も、もちろんだ!
いつでも言ってくれ、俺はアリアの味方だ」
「ですがこれはビスソラダ様の方針でもあるのです。
ビスソラダ様とご対立することになっても助けてくださいますか?」
アリアか、ビスソラダか選べ。
今後ユーラをどうするのかを決める重たい質問が投げかけられた。
「…………俺は分からないんだ」
「お兄様?」
ここで決められないのならユーラはきっと一生変われない。
例え子供だとしてもビスソラダの洗脳に近い言葉の数々はすでに疑問に思っているはず。
「最近の母上が分からない。
時々すごく冷たくて、怖い目をしている時があるんだ」
昔のビスソラダは優しくて大らかな女性だった。
ユーラもそんな母親が好きだったしビスソラダも愛してくれていた。
だけど最近のビスソラダは変わった。
ユーラに当主になるのだと口酸っぱく言い続けて失敗や上手くできないことを厳しく怒るようになった。
まるで自分のことを見てくれず、何か別のことを気にしているよう。
時々ビスソラダの目に映る自分が道具のように見られているのではないかと不安になるのだ。
ユーラが吐露した重たい気持ち。
ビスソラダが変わった原因はケルフィリアだ。
いつどこでビスソラダに接触して、ビスソラダに何をさせようとしているのかは知らないけれどビスソラダはケルフィリア教に取り込まれて変わってしまったのだ。
「お兄様……」
アリアはユーラに手を取る。
「ビスソラダ様がどうなってしまったのかわかりませんが私はお兄様の味方ですよ」
ユーラの頭にアリアの優しい声が沁みていく。
「アリア……俺は…………」
ケルフィリア教のことはまだまだ遠い話だと思っていた。
しかしアリアが知らなかっただけでケルフィリア教の魔の手はすぐそこまで伸びていたことにようやく気付いたのであった。
ーーーーー
定期的に行われる家族での食事会。
何の気まぐれかアリアはユーラの隣に座った。
ビスソラダは冷たい目でアリアを見ていたけれどユーラはしょうがないなどと口にしながらもアリアを隣に座らせた。
あまり仲が良くなく見えていたアリアとユーラが打ち解けてきたのだとゴラックは笑って、ディージャンは羨ましそうにしていた。
滞りなく食事は進む。
先生がいる事を理由にマナーができる事を隠す必要がなくなったのでもアリアは格段に綺麗に食事をとっていた。
「上達したな」
ゴラックから見てもアリアの作法は美しい。
もしかしたら貴族としてやってきたディージャンやユーラよりも出来ているかもしれないと思うほどに。