母よりも悪女たれ6
見た目だけ整えても中身が伴わねばボロが出る。
正しい知識や勉強も必要なのである。
礼儀作法に関する知識だけでなく歴史や世情に関しても学んでおくことが同時に求められる。
貴族の令嬢となれば教会と関係を持つことも多い。
寄付をしたり日頃からお祈りを捧げたりとするので神学的な知識も必要で、アリアはそうしたこともマーシュリーから学んでいた。
「一般的なのはディラインケラ神ですね。
慈悲深く、人々を常に見てくれている神だとされています。
しかし……」
この日は神々について学んでいた。
教会の体制や仕事などを教科書を眺めながら学び、信奉されている神々の話に移っていった。
なんだか口調が固くなり、どこか冷たい声色で神の説明をしていくマーシュリー。
そして1番有名で広く信奉されているディラインケラのところまで来て、様子が大きく変わった。
教会に関わる場に出るには最も必要なのはディラインケラの知識のはずなのにマーシュリーの口は重い。
「みんな、騙されているのです」
「騙されている、のですか?」
うっすらと予感はしていた。
いつかこの魚がかかる時をアリアはじっと待っていた。
「ディラインケラは何もしてくれない、偽りの神なのです。
本当に人を思い、人のためになってくれる神様は他にいらっしゃるのです。
アリアお嬢様、あなたがより優れたマナーを身につけて、より社交の場で活躍するためにもディラインケラを信奉するよりもっと相応しく、もっと正しい神様がいらっしゃいます」
「その神様を信じれば私も立派な礼儀作法を身につけられますか?」
「もちろんですわ」
いつになく優しい声色のマーシュリーが気持ち悪くてアリアは思わず吹き出しそうになるのを堪える。
「一体どちらの神様を信じればよろしいのですか?」
「その神様の名前はケルフィリア様と言います。
本当に人のためを思う慈悲深い神様なのですがディラインケラのせいで日陰に追いやられてしまっているのです」
マーシュリーはケルフィリア教の信仰者であった。
ずっと確証がないままについて回っていた疑念がようやく確信に変わった。
マーシュリーはここまで文句も言わずに必死についてこようとするアリアを洗脳しやすいと見た。
これまで貴族としての教育を受けておらず神に関する知識も乏しい。
最初はどうしようとしていたのか知らないがアリアのことを上手く引き込むことにしたようである。
マーシュリーはアリアが開いていた教科書を閉じてケルフィリアを賛美する言葉を並べ立て始めた。
ケルフィリアがいかに素晴らしく優れた神で、その比較としてディラインケラを貶めて語る。
空っぽだった回帰前のアリアだったならこの言葉を鵜呑みにしてケルフィリア教に落ちていたかもしれない。
しかし今のアリアはケルフィリアに憎しみを抱いている。
いくら素晴らしいと言われてもそんな言葉など逆の耳の穴から言葉が抜けていくだけで頭に残りもしない。
適当に聞いているフリをする。
アリアの目が輝いて見えるのはケルフィリアに心酔し始めているからではなく単に敵を見つけられた喜びからであった。
次の日からマーシュリーの指導は少し変わった。
鞭を使用するのは相変わらずだけど冷たい態度だけでなく慰めるような柔らかい飴の態度も使うようになった。
出来ないアリアに鞭を打つのだけど、その度にケルフィリアを持ち出してアリアがより高みに到達するためにはケルフィリアを信じることが必要だと吹き込んだ。
仮に精神が大人でもこう何度も繰り返されたらケルフィリア万歳と言ってしまいそうになる。
心の底に燃えたぎる復讐心がなかったら苦痛と甘い言葉による支配は頭の奥底に染み込んでアリアを絡めとる洗脳の鎖になっていたことだろう。
「何度言えば分かるのですか!」
ピシャリとアリアの背中が叩かれる。
正しい姿勢を保って歩き、折り目正しく礼をする。
これだけのことなのだけど美しく流れるように一連の動作を行なうのは意外と難しいのである。
完璧に出来るのだけどやってやらない。
礼の時に背筋が曲がってしまったのでそれを正そうと背中を叩いたのだ。
「そう背中を丸めてはならないと何度も……」
「何をしている!」
「お兄様!」
部屋での授業はアリアとマーシュリーしかいない。
シェカルテも別に仕事はあるので常にいるわけじゃなく他に人が来るはずもないのだけどユーラが部屋に飛び込んできた。
ユーラの目は怒りに燃えてマーシュリーを睨みつけている。
アリアが鞭で叩かれているのを目撃してしまったからだ。
「ユ、ユーラ様!?
なぜこちらに……」
「そんなことはどうでもいい!
お前今アリアに何をした!」
焦るマーシュリーをユーラが叱責する。
ユーラがここに来たのは何も偶然ではない。
ここにユーラが来たのはアリアが誘ったからだ。
打ち解けて会話をするようになったのだけどユーラは周りの目を気にしていた。
ビスソラダにアリアと仲良くしていることをバレるのが嫌で使用人が近くにいるといつものように嫌味をいって、それを後で誰もいない時に謝ってくるのだ。