母よりも悪女たれ5
また不思議な注文が来たとイングラッドは思った。
アリアはイングラッドに皮膚にしばらく赤い跡が残るクスリはないかと聞いたのだ。
何に使うのか疑問に思うがイングラッドはそんなこと質問したりしない。
アゴに手を当てて良いものはないかと考える。
単に体に異変を起こすだけなら方法はいくらでもあるがその異変が長期に渡ったり体に不都合を残してはいけない。
赤い跡を付けたいなら叩いたりするのが手っ取り早いが女の子を叩くなんてとんでもないことである。
「ふむ……お酒はどうでしょうか?」
「お酒ですか?」
酒を飲めば顔は赤くなるかもしれないがそれでは酒臭くて周りにバレてしまう。
赤くなるのも顔周りだけだし、そもそもアリアはまだ飲酒出来る年齢でもない。
「いやいや、お飲みになれというのではありませんよ」
不満そうなアリアの顔にイングラッドが気づく。
赤くなりたいのなら酒を飲めだなんて愚かなアドバイスをするはずがない。
「お酒に強いかどうかを簡単にチェックする方法がありまして、皮膚にアルコールを当てておくのです。
そうするとお酒に弱い人だと皮膚が赤くなるのです。
しばらくすると赤みも取れますし体に害はありません。
試してみましょうか」
イングラッドは布を取り出すと消毒用のアルコールを少し染み込ませてアリアの腕に巻いた。
「このまま時間を置いてみてみましょう」
うまくいかないだろうなとアリアは思う。
回帰前アリアはお酒に強かった。
酔うのだけど他の人よりも沢山のお酒を飲むことができた上に潰れることもなかった。
「そういえば以前に見たあの少年はどうですか?」
「カインのことですか?」
「はいそうです」
アリアに従うキッカケになったカインはイングラッドには治せなかった。
アリアが何かをして体調が落ち着いたように見えたがその後の進展は知らなかった。
「今カインは元気にしていますわ」
先日カインからの手紙がシェカルテに届いた。
関係がバレないようにアリアには直接送ってこなかったがシェカルテに届いたものにアリア宛のものもあった。
先輩の騎士に代筆してもらったもので近況や頑張っていることが書かれていた。
今は将来的にカールソンに使える騎士として教育を受けているらしい。
そうすることでカールソンの側にいる口実を作り、カールソンのオーラの先生にカインも一緒にオーラを教えてもらっているようであった。
カールソンとしてもオーラを扱った訓練の相手としてカインに期待を寄せているようだった。
代筆を務めた騎士も気を利かせてか軽くカインの状況も書いていてくれて、カインとカールソンの美麗顔面コンビはカンバーレンドの中でも目の保養として可愛がられているようだ。
カインは素直で真面目なので先輩騎士たちにも好評らしくイジメの心配もなさそうである。
文字を書く練習もしているらしくて最後の文はカインが自分で書いていた。
“絶対に強くなってお姉さんを守ってみせます。
待っていてください!”
下手くそな字だけどカインのやる気は伝わってくる。
心配していたが元気そうにやっていて安心した。
「そうですか……やはり治られたんですね」
「ええ、運の良かったことに」
「運……ですか」
やたらと含みのある感じ。
言いたいことは分からないけれど勝手に納得しているような雰囲気があってなんだかムカつくので無視することにした。
「そろそろ布を外してみましょう」
腕に結んだ布を外してみる。
「……お嬢様はお酒がお強くあられるのですね」
アリアの腕は何の変化もなく真っ白モチモチの肌であった。
予想通りアリアはお酒にそれなりに強くてアルコールで肌が赤くなることはなかった。
「ふーむ……申し訳ありませんが今すぐ何かの方法をご提示することは難しいです。
一度持ち帰って検討させていただいてもよろしいですか?」
「もちろんですわ。
先生なら良い方法を思いつけると信じていますわ」
別にないならないでも構わない。
ないなら我慢して物理的な手段を講じるだけであるから。
「一応これまで通り栄養を補助する栄養剤を置いていきますので……気が向いたら飲んでください」
「いつもありがとうございます、先生」
イングラッドが帰っていき、アリアはベッドの上に体を投げ出した。
「赤い跡をつけるクスリなんて何にお使いになられるのですか?」
普通のメイドならだらしないと小言でもいうかもしれないがシェカルテがアリアにそんなことは言わない。
健診を受けることで疲れないだろうけど労いに紅茶を出す。
イングラッドは聞かないけどシェカルテは聞く。
舐めた態度取るとアリアの目は怖くなるけどこうした態度でもアリアは怒りはしない。
言いたくないことは言いたくないとキッパリ断るのでシェカルテもハッキリと聞くようになっていた。
「こちらとていつまでもマーシュリーに殴られているつもりなんてありませんことよ」
紅茶を飲む。
礼儀作法のレベルが上がってきたので特に意識しなくても美しく姿勢を保つことも出来るようになってきた。
「そろそろ次に進む時ですわね」
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