母よりも悪女たれ4
ビスソラダに吹き込まれたアリアが敵だとする考えと元々ユーラが持つ妹に対する考えがぶつかり合っている。
さらに話を聞けばアリアはエルダンのためと口にして努力をしている。
自分より歳下で弱々しく、今にも消えてしまいそうなアリアがなぜエルダンの財産や当主の座を狙う敵なのか。
「お兄様には夢はありますか?」
「夢?」
「そうです。
何も当主になるだけが人生ではないでしょう?
パン屋さんになりたいとか、お兄様は努力家ですからきっとどんなものにでもなれますわ」
「夢……夢」
畳み掛けるアリアの言葉にユーラは頭を殴られたような衝撃を受けた。
当主になるだけが人生ではない。
ビスソラダからはユーラこそが当主にふさわしくそうなるべきだと言われてきた。
当主の座は1つでディージャンがいる以上どちらかは当主になれない。
当主になれなかった時の人生はどう生きていく。
自分で考えたやりたいことってなんなんだ。
これまでビスソラダに抑え込まれてきたユーラ自身の考えが動き出した瞬間だった。
きっと微妙なバランスの上にビスソラダの支配はされているのだろう。
子供は変化が早く、気も移り変わりやすい。
興味は容易く移ろい、他者の言葉に容易く惑わされる。
けれど子供の頃から時間かけて支配していけば将来に渡ってユーラを縛り付ける強固な鎖となり得る。
ビスソラダは焦らずゆっくりとユーラを洗脳するように支配しようとしている。
前世では成功したのだとアリアは思う。
だから最終的にディージャンとユーラは争って家は滅びた。
「お兄様はすごいから……冒険者になったら伝説になるかもしれませんね。
騎士になったら英雄になるかもしれません」
けれど今回はそう好きにさせない。
ユーラはアリアの言葉に簡単に揺れ動く。
「……長いことお話聞いてもらってありがとうございます。
お兄様は優しいですね」
こっそりと離れて見ていたシェカルテに合図を送る。
すると姿を現すのでそれを理由に会話を切り上げる。
「次はお兄様の夢、聞かせてくださいね」
「あ、ああ……」
話を聞いてもらって晴れ晴れとしたように笑うアリアはいかにも純粋な少女だ。
対してユーラの表情は重たくて暗い。
ビスソラダは知らない。
ユーラの中に必死になって植えてきた支配のタネをアリアが嗤いながら踏み潰していることを。
絡みつき始めていた支配にヒビが生じて狭まっていた視界が開ける可能性が生まれたことを。
焦ってはユーラの反発を招くかもしれない。
少しずつ事を進める。
アリアにユーラを支配するつもりはない。
ビスソラダの方針に疑念を抱き、ユーラが年相応に自分らしく生きられればそれでいい。
アリアはマーシュリーがいない時を狙ってユーラに会いに行った。
話を聞き、あるいは聞いてもらう。
アリアから話を聞いた後の最初の態度は困惑したようなものであったが何度も話すうちにユーラの態度も柔らかくなった。
敵と思っていた相手でも話してみると意外と良いやつで打ち解けることもある。
これまで敵として悪いように考えていたから話すようになって良いところが目につくと余計に良い子に見える。
少しワガママ気味だったユーラであったがアリアが話を聞くようになって、アリアが上手く誘導するので周りの評価も良くなった。
ビスソラダはユーラが少し大人になって周りの目を気にするようになったと何が起きているのかも知らずに喜んでいた。
徐々にユーラは当主ではない自分の姿を想像するようになった。
当主となることも不可能ではないが長子に比べるとどうしても当主になれる可能性は下がる。
まるで当主になれなきゃ価値がなく死んでしまうように思っていたが当主でない自分を想像してみるとユーラは楽しかった。
自由を意識し始めた。
小さい頃に聞いたお話の冒険者。
王を支え民を守る騎士。
商人だって、農家だって、学者だって色んな道がある。
ディージャンは立場上次期当主ということに縛られているがユーラはある程度自由にすることも許される。
アリアが無邪気に話す夢の話にたしかに感化されていた。
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「最近すっかりお体の調子がよろしいようですね」
体が弱かったアリアは定期的にイングラッドの健診を受けている。
オーラに目覚めて体を動かし始めたアリアはみるみると健康になってもう健診も必要ないぐらいになっていたが、イングラッドと口実なく会える機会なので健診は維持していた。
憎らしいことにマーシュリーは健診が近づくとアリアのことを鞭で叩くのをやめて嫌味の量を増やしてバレないようていた。
小賢しい限りである。
もはや健康であることは分かっているが手を抜かずイングラッドは診察をして書類に結果を書き込む。
なぜか最近のイングラッドはアリアを見る目が熱っぽい。
こんな子供に恋するほどバカではないのでそのような感情ではないけれど理由が分からず気持ち悪い。
アリアとの奴隷約束もしっかり守るらしく、おすわりと言ったらそのまま従いそうな気配すらある。
「赤い跡が残るクスリ……ですか?」