母よりも悪女たれ3
涙を拭いてさっさと会話に移ろうとするが出始めると意外と涙が止まらない。
もっと演技レベルが高かったら止めることも自在になるのだろうかと顔をユーラから背ける。
「ごめん……ごめんって…………もう言わないから」
相変わらずアリアの涙に弱いユーラ。
自分が泣かせてしまったのかもしれないと慌てふためき、情けない顔で謝罪の言葉を口にする。
「違うんです……私こそ申し訳ありません……」
「違うって…………何があったんだ?
誰がお前を泣かせてるんだ?」
泣かせたのは自分ではないという言葉を聞いてユーラがわずかに怒りの表情を浮かべる。
ならばアリアを泣かせた人が他にいるのだと思った。
「そんな…………何でも、うっ……」
「アリア、普段からこんなこと言ってる俺じゃ……アレかもしれないけど」
本気で心配してくれていることが目を見れば分かる。
普段憎まれ口は叩くけどこんな時に冷たく突き放すほど嫌われても歪んでもいないようだ。
「その、話だって聞くし、ディージャン兄さんのように気の利いたことは言えないかもしれないけど」
言葉が段々と尻すぼみになる。
若干の自己嫌悪もユーラの中にあった。
日頃から冷たい態度を取っておきながら相談に乗ってほしいなど言うわけがない。
上手く言葉も出てこない。
慰めの言葉も思いつかず憎まれ口も叩けずただ情けなく慌てるだけの自分が少し嫌になる。
「ふふっ、ユーラお兄様、優しいのですね」
「な、あ、と、当然だ!」
涙を拭いながら少し寂しげに見えるように笑みを浮かべるアリアにユーラは顔を赤くした。
「では少し聞いていただいてもよろしいですか?」
「お、おう!」
まだ物理的にも心理的にも距離は空いているがアリアから歩み寄らねばコイツは歩み寄れないだろうと思った。
「……私、エルダンの名に恥じないようになりたいと思っています」
少しの沈黙。
アリアの言葉にユーラは大人しく耳を傾ける。
「ですからどのような場に出ても恥ずかしくないように先生を付けてもらったのですが私が至らないばかりにとても厳しくて……」
「先生ってあれだろ?
母上がお呼びした。
それが厳しいって……どういうことだ?」
「全て私が至らないのが悪いのですがマナーも知らない田舎者だからとか家を捨てて平民になった者の娘だからとか言われてしまいまして。
もっとちゃんと出来ればいいのですが出来ないからイラつかせてしまうのでしょうか」
そこまではっきりとした暴言は流石に口にしない。
似たようなニュアンスのことを貴族らしく遠回しに嫌味臭く言ってはくるので間違いではない。
ユーラに話すには分かりやすくストレートな表現の方がいいだろうとアリアなりに噛み砕いて伝える。
「う……それは……」
ユーラが苦い顔をする。
同じようなことを言ってきた自覚がユーラにはあった。
たまたまマーシュリーの言葉で爆発したけれど少しズレていれば自分の言葉でアリアが泣き出したのではと気づいたのだ。
「私、昔はパン屋さんになりたかったのです」
どこでもなく遠くを見つめるアリアの横顔をユーラが悲しそうに見つめる。
回帰前、そして両親が亡くなる前は夢もあった。
「お母さんが作るパンの匂いが好きで、私もお母さんのようにパンで人を幸せにしたいと思っていました。
ですが今は私を拾ってくれたエルダンのためになりたいと、そう思っております」
「アリア……」
ズキリとユーラの胸が痛む。
ユーラはアリアに関して異なる2つの考えを持っていた。
1つはアリアが敵であるという考え。
当然ビスソラダに起因するこの考えがユーラの普段の態度を形作っていた。
エルダンを食い物にする卑しい女。
当主の座を奪おうとしている悪者。
油断してはならない、気を許してはならない。
いつか追い出すべき厄介者である。
ビスソラダはそのような考えをユーラに吹き込んでいた。
だからユーラはアリアを厄介者と呼び、敵対視していたのである。
その一方でもう1つの考えもある。
それはアリアを妹だと思い、守らねばならない対象であるという思いだった。
年頃の子供にありがちなことで、弟や妹が欲しいとユーラも思っていた。
何でも出来、自分を守ってくれようとするディージャンに憧れ、同時に自分も兄として弟妹を守りたいという気持ちがあったのである。
けれどビスソラダはユーラが生まれてからというもの、自分の好きに出来るユーラにかまけてしまってゴラックとの営みを絶ってしまった。
健康な男児が2人もいれば後継者としても十分。
ゴラックは愛人も持たず第二夫人を作る気もなかったのでユーラに弟や妹ができることはまずないと言ってよかった。
そこに現れたのがアリアであった。
小さくて大人しくて可愛らしくて、従姉妹だけど両親を亡くして今後はゴラックの下で世話になる、ほとんど妹といっていい存在だった。
ディージャンのように手放してアリアを可愛がって、そして守ってあげたい。
アリアを妹として愛しむ心もユーラの中にはあったのだ。
それが故にユーラは苦しんでいる。