母よりも悪女たれ2
「お嬢様!」
マーシュリーがいなくなってシェカルテがアリアを部屋に連れていく。
水の入ったボールとタオルを持ってきて、アリアの服の袖をまくる。
鞭で叩かれてほんのわずかに赤くなっているところを濡れたタオルで冷やす。
「跡にならなきゃ良いのですが……」
むしろ少しぐらい跡になった方がよかったのにとアリアは思う。
けれど相手もこうしたことは初めてじゃなさそうだ。
これぐらいの跡ならすぐに赤みが引いて分からなくなる。
使っている鞭もそうだが問題にならない程度の加減を分かってやっている。
「どうしてお止めになったのですか?
あんなこと許されるはずが……」
「そうね、許されないことですわ」
「なら……!」
「ですがこれはチャンスでもありますわ」
「チャンスですか?」
「マーシュリーがいる間はビスソラダは私に注目することはしないはずですわ。
今頃マーシュリーから報告を受けて良い気になっていることでしょう」
そんなに好き勝手にするつもりはないがビスソラダの注目が外れれば行動はしやすくなる。
「……何をするつもりですか?」
「大人しくしていればいいものを、そちらから手を出してくるというならこちらも黙ってはいませんわ」
アリアはタオルを取って赤くなった手首を眺める。
「そうね……狙うなら最も大切にしているものですわね」
怪しく笑うアリア。
ビスソラダは厄介な相手を敵に回したものだとシェカルテは同情した。
ーーーーー
『礼儀作法のレベルが上がりました。
礼儀作法レベル11→12』
カンバーレンド家のパーティーでも無理をして美しく所作を保っていた。
レベルの上昇にはそれ行うだけでなく状況なども関わってくる。
そのために人に見られたり自分よりも高いレベルの人に囲まれながら綺麗な礼儀作法を見せたアリアのレベルは一気に上がっていた。
礼儀作法もレベルが10を超えると一人前である。
なのでマーシュリーに習う前からもう先生がいらないクラスぐらいまでにはアリアの礼儀作法はなっていた。
だけど完璧な礼儀作法を見せてしまうと先生が意味もなくなるしビスソラダに目をつけられる。
アリアはどうすれば下手に見えるのかを日々研究して上手く出来ないことを装っていた。
面白いのは下手に見えるように練習したり研究することでも礼儀作法のレベルが上がったということだ。
適度に下手くそに見せてわざと叩かれるアリア。
鞭で叩かれると痛み耐性は上がるがそんなもの上げたくはない。
そこで役立つのがオーラである。
服の下、表に出てこないほど薄くオーラをまとう。
服に覆われていて見えない部分に服の下に収まるほどのオーラをまとうのは難しく練習を必要とした。
けれどその甲斐あってオーラのレベルは5になり、上手くオーラをまとうことが出来るようになった。
鞭の痛みもあまり感じなくなったが顔を歪めて痛がる演技は忘れない。
マーシュリーは日中やってきてアリアにとってはお遊戯みたいなマナーを偉そうに教えてくる。
失敗すると鞭で叩き、決め台詞はあなたのためなのよである。
上手くできてもそれが当たり前かのように鼻で笑い、アリアのやる気を引き出そうという気はないようだ。
ただ授業の内容そのものはベーシックで悪いものじゃない。
アリアがあまりにも上達しないのでマーシュリーも時折イラつきを隠せなくなってきているがアリアにはそんなこと関係ない。
「さて……ここでいいでしょうか」
アリアはある日本邸の方に来ていた。
今日はマーシュリーが休みなので時間がある。
しかし遊びに来たのではない。
マーシュリーの指導を受けながらもアリアは次に向けた準備を進めていた。
シェカルテに指示を出して調べ物をしてもらっていたアリアは少し行動に移してみることにした。
本邸の裏側にある庭でそれを待つ。
「お嬢様、来ました」
角で見張っていたシェカルテがアリアの横を通り過ぎてサッと離れていく。
「さぁて、気合いいれていきますわ」
大きく息を吐き出して気持ちを作る。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し目に気持ちを集中させる。
『演技のレベルが上がりました。
演技レベル0→1』
別に今じゃなくてもいいじゃない。
これまでも演技はしてきたと思うのだけど、とうとう認めてもらったようで急に表示が現れて出かけた涙が引っ込む。
ほんと何でレベルが上がるかは謎である。
ひとまず今は時間もないので表示を消してまた意識を集中させる。
「ん?
なんでこんなところにいるんだ、やっか……あ」
どうにか間に合った。
角を曲がってきたのはアリアの従兄弟であるユーラ。
シェカルテにはユーラのことを調べてもらっていた。
何が好きで、普段はどんなことをしているのかとかユーラについてのことを聞き出してもらった。
アリアの世話が嫌になってユーラに鞍替えしようとしていると思ったのかみんな簡単にユーラのことをシェカルテに教えてくれた。
「な、泣いてるのか?
お、俺のせいか……?」
角を曲がってきたユーラが目にしたのはアリアの涙。
「あっ……ごめんなさい……」
アリアはユーラが来ることを知らなかったように装うと慌てて涙を拭う。