モテない男のアドバイス
「ジーカー」
「わーってるよ、デレク」
アリアがエランに王太子妃適性試験の誘いを受けてざわつきが収まらぬ会場の隅でジーカーとデレクはずっと様子を見ていた。
二人の位置からエランの表情は見えなかったけれど逆にカールソンの顔はよく見えていた。
表情の変化に乏しく、付き合いの浅い人だとカールソンの感情はわからないだろう。
しかし二人はカールソンとの付き合いも長い。
カールソンな僅かな表情の変化からなんとなく感情が分かるようになっていた。
もちろん分からないという時もあるが今のカールソンの感情は言うまでもなかった。
エランとアリアの会話が終わった後もカールソンはアリアのそばを離れなかったが、ディージャンに連れられてアリアが会場を出ていくと二人の方にカールソンがやってきた。
デレクがジーカーに釘を刺した。
周りの人から見ればカールソンはいつも通りだろうが二人には分かる。
カールソンは怒っている。
また軽口でも叩こうものなら人目がある会場だろうとぶん殴られるのでとデレクは思った。
「カールソン……」
よくエランを殴らなかったな。
デレクは近くでカールソンの目を見て改めて感心した。
これだけ分かりやすく感情が出ているのは珍しい。
アリアと話している時ぐらいに感情が分かりやすく表情に表れている。
「カールソン、だから言っただろ」
「ジーカー……!」
釘を刺したのにジーカーは普通に禁忌に触れた。
デレクは慌ててカールソンを止められるように手に持っていたグラスを近くのテーブルに置いた。
カールソンは睨みつけるようにジーカーの顔を見たけれどジーカーは一歩も引かずにカールソンの目を見返した。
ジーカーの顔は真剣でカールソンは眉をひそめる。
「ウダウダしてるとこういうことになるんだよ」
ぶん殴られる可能性があることはジーカーも理解している。
だが友達なら耳の痛い言葉でも言ってやらねばならないと思った。
「現状に満足してるとか相手が嫌がるかもしれないとか言い訳ばっか言うのやめろよ」
「なんだと……」
「お前は変化が怖いんだ。なんだかんだと言い訳をつけて行動することを恐れている」
「おい……ジーカー……」
「あんな子を他のやつが放っておくか? 放っておかないだろ。たとえ家の力があろうと本人の意思があろうとどうしようもないこともある。噂じゃ止められない動きなんていくらでもあるだろうよ」
まだギリギリ大丈夫だとデレクはカールソンを見ている。
グッと拳は握っているけれどカールソンはちゃんとオーラをコントロールして抑えているのでどうしようもないほど怒ってはいない。
「婚約まで行かなくても両家でしっかり話が出てれば他者が介入できないだろう。好きなら行動しろってんのにお前は口先ばかりで何もしなかった。守ってんのはあの子の思いじゃなくてお前自身のプライドだろ」
いつになく真面目なジーカーの言葉にカールソンは何も言い返せない。
「怒るのはわかるが……今のお前に怒る権利はない。嫌われてもなんて言わないけど周りの目もお前自身のくだらないプライドもかなぐり捨てて動くべきだったんだよ。少なくともあの子はお前のこと嫌ってないんだから」
一度アリアに嫌われた。
最初に出会った時に言葉選びを間違えて、勘違いだったとはいえカールソンはアリアに嫌悪感がこもった目で見られた。
その時のことがあるからアリアに嫌われることが怖かったのかもしれない。
アリアの気持ちを優先するといって、噂があるからといって、現状に甘んじていた。
「ただもう遅いがな」
王太子妃適性試験はあくまでもエランのパートナーを選ぶための前段階でしかない。
けれどエランから誘われてアリアも断れないだろうと思う。
直接誘われたというところからほんの少しでも婚約の要素は孕んでくるし、ここからカールソンが婚約の申し出をすることはマナー的にできない。
アリアが今すぐに明確に断るならともかく王太子妃適性試験が始まるまでの2年間はカールソンでも行動を起こせない。
「……俺はどうしたら」
「言ったろ? もう遅いって」
カールソンの怒りがしぼんでいき、一瞬にしてシュンとなってしまう。
「ただあの子はあまり第二王子のこと好きじゃないんだろ? まだチャンスはある」
「どうすればいい?」
こんなことを言ってくれるのはジーカーぐらいだろうとカールソンも分かっている。
だから苛立ちを覚えながらもジーカーの言葉を受け入れた。
「2年間でお前に惚れてもらえばいいんだよ」
王太子妃適性試験はあくまでも試験である。
事情があれば断ることもできる。
アリアとカールソンが結ばれてしまえば断れる可能性はあるし、アリアの方で上手く試験を落ちるような調整もできるかもしれない。
「頑張れ、お前のことは応援してるからさ」
あたかもモテる男かのようにフッと笑うジーカー。
「ジーカー……とりあえず一発殴らせてくれ」
「………………顔はやめてくれ」




