オオカミ君とオオカミさん1
ギオイルが簡単な挨拶とパーティーの開催を宣言して、今回の主賓となるカールソンも簡潔に挨拶を述べた。
長々と語らないところはいかにもカールソンらしい。
こうしたパーティーでよくあるのがダンスである。
パートナーか決まっていない人もいるがトゥージュのようにパートナーがいる人もいる。
しかしダンスホールに出る人はまだいない。
「俺と踊っていただけますか?」
なぜなら主賓であるカールソンが前に出ていないからだった。
カールソンがダンスのパートナーとして誰を選ぶのか周りは様子を窺っていた。
父親であるギオイルに促されてゆっくりと動き出したカールソンはアリアの前に立った。
そしてダンスの相手を申し込んだ。
そんな気はしていたとアリアは思う。
短いカールソンの挨拶の間にも目が合ったりしていたし、アリアに誘いを申し出る前にもしっかりとアリアのことを見ていた。
「喜んで」
ひざまずくようなことまでしなくてよかったとアリアは安心した。
笑顔を浮かべて差し出されたカールソンの手を取る。
「私でいいのかしら?」
「……噂になってるから……いや、俺は君と踊りたかったんだ」
周りのみんなに見られながらダンスホールの中央までゆったりと向かう。
声を抑えてチラリと横を歩くカールソンの顔を見上げる。
やや耳が赤いようなカールソンは噂になっているから誘ったのだと言おうとして言葉を訂正した。
噂になっていて周りの目を誤魔化すためにアリアを誘ったのではない。
アリアが良かったから。
アリアをダンスのパートナーとしたかったし、他の男がアリアと踊るなんてこと許せないからカールソンはアリアを誘ったのである。
「アリアこそ……俺でいいか?」
「お誘いを受けた後にそのようなことをおっしゃいますか?」
嫌なら受けてはいない。
おそらくこの場においてカールソン以外のダンスの誘いを受けなかっただろうとアリアも思っている。
「この後俺は他の子と踊らない……だから」
「ダメですわ」
だからアリアも他の男と踊らないでほしい。
アリアはカールソンが何を言おうとしているのか先に察して優しく頬に手を触れた。
「あなたはパーティーの主賓、周りを接待することも必要ですわ」
アリアとカールソンは婚約しているわけではない。
完全に婚約者であるのならアリアとだけ踊ってもいいのかもしれないけれど社交のためのパーティーとしては多少気に入らない相手でも踊る必要がある。
アリアは面倒なので他の人と踊るつもりはないがカンバーレンドとしてはアリア以外と踊らないというのは先のためにならない。
誰彼構わず手を出せとは言わない。
それでもある程度必要なことと割り切ってもらう。
こんなことでカンバーレンドが孤立することなどないがいらぬ敵を作ることもないのである。
「その代わり……私は今日はあなたとだけ踊って差し上げますわ」
カールソンがパートナーを決めたので他の人たちもダンスホールに出てきた。
ダンスを始めるためにやや密着した隙に顔を寄せて一言。
表情こそ変わらなかったがカールソンの耳が真っ赤になった。
音楽が鳴り始めて、呆けたようなカールソンが少し遅れて動き出した。
結構ダンスの練習もしてきたので今やダンスのレベルは13もある。
元々回帰前に踊れたから練習で踊っているだけで早めに上がっていった。
ただ手足が長く身長が高いカールソンと踊るのはちょっと大変。
「ご、ごめん……」
「ありがとうございます」
緊張していた様子のカールソンはようやくアリアが踊りにくそうにしていることに気がついた。
カールソンはアリアが踊りやすくなるように歩幅を合わせる。
「私に見惚れすぎてはいけませんよ?」
「……それは無理だ」
下から見上げて笑うアリアを見てカールソンは困ったように笑顔を浮かべた。
こんな顔をされて見惚れずにいられるはずがない。
「ああ、でも流石に全員断るのは無理ですからお兄様とぐらいは踊りますわよ?」
「それは……」
カールソン以外と何が何でも踊らないというのも悪くはない。
たがカールソンと踊ってどうして俺と踊らないのだと怒り出す人がいるかもしれない。
そんな誘いもかわすためにディージャンとユーラを上手く使おうとアリアは考えていた。
カールソンはアリアが兄たちと踊ることにも少し難色を示した。
「可愛らしい嫉妬心も時には大事ですわ。けれど時には余裕を見せることも男性としては必要ですわよ」
曲が終わってアリアは目を細めるように笑ってカールソンの目を見つめた。
「それでも君には他の男と踊ってほしくない……兄でもだ」
カールソンはアリアの手を取ると名残惜しそうに手のひらにキスをした。
言動は子供っぽい。
なのに行動は艶かしくてドキリとさせられた。
「出来るだけお誘いはかわしてみますわ」
カインは子犬のようだがカールソンは体の大きなオオカミのようだ。
しかしアリアに対しては甘えた態度を見せる。
ダンスが終わってアリアにはカールソンにしゅんとした黒いオオカミのミミが見えるような気分になった。