マスカレード6
うっすらと微笑むアリアの目の前をディアブロが鎖に引っ張られて走り抜けていく。
「魔物は泳げるのかしら?」
そのままディアブロが川に飛び込んでいく。
これがアリアの作戦だった。
巨大な港湾都市ならば大型船舶用のイカリの一つでもあるだろう。
それをどうにかディアブロに繋いで川に沈めてしまうとアリアは策を提示した。
準備時間もない中で無茶な作戦だったのだがデュスディニアスが頑張ってくれた。
最悪の場合水賊たちは船で町を離れれば逃げられるので限界までデュスディニアスがこき使って作戦に必要なものを用意させた。
大きなイカリが二つに魔物討伐用の巨大な槍が二本。
それを頑丈な鎖で長く繋いだ。
一本目はディアブロの隙をついて直接突き刺し、二本目は加工した小型の大砲で飛ばした。
そしてイカリを川に落とせばディアブロはそのまま落水するという算段である。
町のそばを流れる大河アシラストリマスは川岸は比較的浅いのだが中央付近になるとすり鉢状に深く窪んでいる。
落ちてしまえば人だって戻ってはこれない。
「きゃっ!」
沈んでいっただたろうと水面を確認しようとした瞬間水の中から手が飛び出してきてジェーンは思わず驚きの声をあげた。
地面に手をついてディアブロが這い上がろうとしている。
あんなに重たいイカリが二つも体に付けられているのに這い上がってこようとしている。
何という化け物なのかとジェーンは顔をしかめた。
「日が沈みて、月が昇る」
「お嬢様!?」
「夜が訪れ、魔が動く」
アリアは剣を手にゆっくりと前に出る。
「けれど沈むのは魔物」
アリアの体が真紅のオーラに包まれる。
普段は薄く均一にまとっているオーラだが今回は分厚くて縁がゆらめいている。
まるでオーラが外に飛び出していくことを無理やり抑えているように見えた。
「悠然と流れる大河は何を思うでしょうか」
手に力を入れて頭を出したディアブロが見たのは全てのオーラを剣に込めるアリアだった。
「魔物ですら大河は受け入れてくれるでしょうか。ただ大河の意思は分からずとも少なくとも私は思いますわ」
必死に体を支えるディアブロはアリアが剣を振り上げるのを見ているしかなかった。
「ざまあみろ」
アリアが剣を振り下ろしてディアブロの手を切り付けた。
しっかりと力を込めればディアブロが相手でも切り裂くことができる。
地面を掴むディアブロの指がスパッと切断された。
悲鳴を上げてディアブロが指のなくなった手を振り上げる。
片手では体を支えきれなくてずるずると水の中に引きずり込まれていく。
けれど指のない手では地面を掴むこともできない。
ディアブロは見た。
うっすらと赤いオーラをまとう少女。
仮面をつけてはいたが、その顔は冷たく微笑んでいた。
「ふぅ……」
少しだけディアブロに同情する。
魔物ではあるものの、別に自分の意思でこんなところに来て暴れたわけじゃない。
言うなればディアブロもケルフィリア教の被害者であるのだ。
ディアブロに回帰はないだろう。
哀れにも川底に沈んで死んでいくしかない。
「あなたの代わりに復讐して差し上げますわ」
恨むならケルフィリア教を恨むといい。
そうすればいつか復讐してあげるからと水なのに小さくなっていく黒い影を見て思った。
『歌のレベルが上がりました。
歌レベル5→8』
「また、あれを歌だと?」
レベルアップの表示を見てアリアが眉をひそめた。
湧き上がるような思いを言葉にしただけで歌と呼ばれるようなものでもない。
「変な神様……まあ、褒められていると思えば悪い気はしないかもしれませんね」
いくら待ってもディアブロが上がってくることはない。
アリアは剣を収めて川に背を向ける。
「さて、パーティーはおしまいですわ」