マスカレード3
「……でも、ここまで来たらやるしかありません」
ジェーンの体からクリーム色のオーラが溢れ出す。
アリアといい、ジェーンといいどうしてこの少女たちは落ち着いていられるのだとバーズジュニアは苦い顔をする。
バーズジュニアは自分の剣を握る手を見た。
震えている。
バーズジュニアは決して臆病な方でも弱い方の人間でもない。
なのに魔物を相手にするというだけで自分の意思と関係なく手が震えてしまうのである。
いや、本当に臆病ではないと言い切れるのだろうかとバーズジュニアは思った。
一大都市の警備隊長の座は軽いものではない。
給料も高くて求められる責任も大きい。
だが大きな都市にいる限り魔物と戦うことなんてまずあり得ない。
オーラが発現した時点でバーズジュニアの前には多くの選択肢があった。
にも関わらずバーズジュニアは騎士団に入るような道も選ばなかった。
多くの人と競い合い、魔物と戦うような道から逃げたと言えるのではないか。
どこかにある魔物への恐怖に打ち勝てなかった自分がいるのではないかとバーズジュニアは思った。
「バーズジュニア様はご結婚は?」
「……妻と2人の息子がいる」
「じゃあ家族が住む町を守るために頑張らなきゃいけないですね」
「…………そうだな」
バーズジュニアは目を閉じて愛する妻と子供の姿を思い浮かべた。
なんでも自由に選ぶことができた独り身の時と今はもう違う。
この町には家族が住んでいる。
自分の愛する者のためには今ここで戦うしかない。
バーズジュニアが目を閉じていると大きく鳴り響く心臓の鼓動が耳元で聞こえてくるようだった。
「守る……か」
愛する人、信頼できる部下たち、普段触れ合う町の人々。
色々な人を思い浮かべている間にいつの間にか手の震えはおさまっていた。
目を開けると胸に大きな槍が突き刺さったディアブロが公園に差し掛かっていた。
「行きましょう」
「うむ……すまないな」
バーズジュニアの体から赤茶けた色のオーラが溢れ出した。
「倒そう。この素晴らしい町を魔物に破壊させてはならない」
昔とは違う。
ここに逃げるという選択肢はない。
守るべきものがある。
人々は避難していて誰も見ていないが誰に見られても恥じない父の背中で戦おうとバーズジュニアはディアブロを睨みつけた。
「さて、そろそろおちょくるのも終わりにしようか」
ヘカトケイは振り下ろされたディアブロの拳をオーラを爆発させるようにして切り付けて軌道を逸らした。
今度はヘカトケイからディアブロに向かっていく。
「ははっ、不公平だね!」
ディアブロが繰り出した攻撃は地面を砕き陥没させるほどの力がある。
対してすれ違いざまに切り付けたヘカトケイの攻撃はディアブロに小さな傷をつけるにとどまった。
ディアブロの攻撃はヘカトケイだろうと一撃でも喰らえば危ない。
なのにヘカトケイの攻撃は大きなダメージを与えるに至っていない。
分かってはいるけれどその差に卑怯だと感情を持ってしまう。
だがそんな差もひっくり返して倒してやるのだと思うと背中にゾクゾクしたものも覚える。
「やああっ!」
「はああっ!」
ディアブロはヘカトケイばかりを見ているが戦っているのはヘカトケイだけではない。
走り出していたジェーンとバーズジュニアはディアブロを挟み込むようにしてそれぞれ切りつける。
低級の魔物とは違う硬い手応え。
オーラをまとった刃にも関わらず深く切りつけることができなかった。
「ジェーン、下がりな!」
意外な手応えにほんの一瞬戸惑ったジェーンだったがヘカトケイの言葉で後ろに飛び退く。
ジェーンがいたところをブォンと音を立ててディアブロの拳が通り過ぎていった。
あと少し遅かったらと考えるとジェーンはヒヤリとしたものを感じずにはいられない。
ヘカトケイ、ジェーン、バーズジュニアでディアブロと戦う。
未だに動きが固いジェーンとバーズジュニアは回避を優先して戦うけれどディアブロは巨体に比べて動きが速くて近づくこともままならない。
「ぐっ!」
「バーズジュニアさん!」
「大丈夫だ!」
ディアブロは相変わらずヘカトケイを中心に狙っているものの少しでも近づくとジェーンやバーズジュニアにも攻撃が飛んでくる。
バーズジュニアはディアブロの攻撃をギリギリのところでかわしたけれど風圧に押されて大きく後ろに転がされてしまった。
オーラユーザーであるのでこれぐらいでは怪我をしない。
すぐさま立ち上がってディアブロの追撃を警戒したけれどやはりディアブロの狙いはヘカトケイだった。
「お待たせいたしましたわ!」
「くっ……お前を引けよ!」
「女性に重たいもの持たせるつもりですか?」
「そういう話の限度超えてんだろ!」
アリアとデュスディニアスも駆けつけてきた。
アリアの後ろにいるデュスディニアスは小型の大砲を引っ張っていた。
「ではまず一撃」
ディアブロの後ろから駆けつけることになったアリアは剣をディアブロに向かって投げた。
真紅のオーラをまとった剣は真っ直ぐにディアブロに向かっていたのだが、途中で大きく軌道を変えた。