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厄介な女は嫌いじゃない1

 落ち着いている人がいると周りも落ち着いてくるものである。

 アリアがドンと構えているので苛立っていたようなジェーンも怖がっていたトゥージュもすっかり落ち着いた。


「それでお嬢様はどうなさるおつもりですか?」


「ジェーン、近いですわ」


 アリアは落ち着いている。

 これまでの付き合いはまだ長いとは言えないけれどアリアがただ平凡な令嬢でないことはジェーンも分かっている。


 たまたま今年度の新しい騎士の中にアカデミーの卒業生もいて、アリアが生徒会長を当選に導いた勝利の女神と呼ばれていることも聞いたのである。

 絶対このまま大人しく捕まっているだけのつもりなんてないはずだとジェーンは思った。


 アリアはジェーンの真剣な目を見てニヤリと笑った。

 こんな状況でも希望や反骨心を捨てていないことは好ましい。


 諦めて大人しくするのではなく未だに隙あればと考えているし、アリアに何か作戦があるなら実行するつもりもある。


「ひとまずあなたも食べなさい」


 アリアは今パンをかじっている。

 デュスディニアスは約束通り水をくれたのだが、日が落ちてくると食事としてパンもくれた。


 一人一個。

 大きめ、硬め、素朴の味の安いパン。


 パメラとトゥージュはそんなもの食べたことないので困惑していたけれどアリアは普通にパンにかじりついた。

 毒、なんて可能性もあるけれどアリアには毒耐性がある。


 強い毒でも使わない限りアリアは死なない。

 そもそも小娘4人殺すのに毒殺なんて回りくどい手を使う必要もないので毒は心配もしていない。


「こんなの……」


「こんなのでもですわ。食べられる時に食べられるものを食べておきなさい。いつ動く時が来るのか分からないのですから」


「うぅ……」


「二人も。あまり美味しいものではありませんが、お腹が空いては大変ですからね」


 パメラとトゥージュを戦わせることなどしないが走って逃げたり大きな声を出してもらったりするようなことはあるかもしれない。

 いざお腹が空いて力が出ないなんてことになると困る。


 たとえ美味しくないパンでもお腹に詰め込んでおかねばならない。

 プライドだけで生き延びられるほど世の中甘くはないのだから。


「硬い……ですね」


「ゆっくり噛んでいれば多少甘みも出てきますよ」


「ぐにに……ムカつく!」


 パメラはこんなものしか寄越さない水賊への怒りをぶつけるようにパンを噛みちぎる。

 パメラはなかなか図太さがあるので大丈夫そうだ。


 トゥージュもパンを噛み切ろうとしている。

 最初こそ参っていたようだがトゥージュも簡単にへこたれる子でないことはアリアも知っている。


 なんといったって回帰前はずっとアリアの味方であってくれた人だから。


「ここにいるの女の子なんだよ! なのにこんなパン一個って……」


 パメラは文句を言いながらもアリアのアドバイスに従ってパンを食べる。


「食べにくい?」


「あ、うん」


 小口なトゥージュからしてみると大きな硬いパンを丸かじりするのは大変なようで苦労している。


「じゃあ……」


「ア、アリア!?」


 アリアがスカートをまくりあげて中に手を入れ、トゥージュは驚いてパンを落としかけた。

 チラリと白い太ももが見えたがゲス男でもあるまいしきわどさでパンを食べ進められはしない。


「パンを貸してくださいまし」


 スカートの中から取り出されたアリアの手にはナイフが握られていた。


「そんなのどこから……」


「淑女の嗜みですわ」


 アリアは微笑みながらトゥージュのパンを受け取ってスライスする。

 ジェーンの剣も含め身の回りの品は取り上げられた。


 しかし細かい身体検査まではされなかった。

 アリアは剣のみならず様々な武器を習って扱える。


 アリアにとってはどんなものでも武器になりうるし、小さなものは隠して持っていた。

 ナイフは太ももの付け根にホルスターを付けてこっそりと持ち歩いていたのである。


「これでどうかしら?」


「ありがとう」


「……エルダンではそんなこと教えてるの?」


 これもお願いとパンを渡しながらパメラはナイフを不思議そうな目で見ていた。


「おば様の教えですわ」


 まさか家で教えているわけもないだろうとパメラは思ったが、若い令嬢がみずからナイフを隠し持っているとも思えなかった。

 これはアリア自身の考えてやっていることであったけれどもどうしてそんなことしているのか聞かれても面倒なのでメリンダのせいということにしておく。


「おてんばなおば様が使っていたものをいただいたので着けているのですわ」


 アリアがスカートをめくると際どいところにナイフを収納しておくホルスターが見えた。

 もらったものだから着けている。


 納得できなくはない話である。

 最終的にはアリアだし、ということでパメラも何となく自分を納得させつつスライスされたパンを受け取った。


「私のパンもお願いします」


「それでいいのですわ」


 硬いパンで食べやすい大きさになれば多少は違う。

 水とパンという質素な食事でアリアたちはひとまずお腹を満たした。


「なかなか……パンだけってのも大変だね」


 せめてジャムでもあればいいがひたすらパンだけ食べるというのも初めての経験だったパメラ。


「まあでもこうした食事を日常的にしている人もいるのですわ」


 回帰前離婚されて追い出され、エルダン家にも帰れなかったアリアもこのようなパンだけの食事をしたこともあった。

 まだ食べられるものがあるだけありがたいなんてすら思う。

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