誘拐事件発生5
オーラユーザーのオーラに当てられても平気なのはよほど経験を積んだ者か、オーラユーザーか、死をも恐れない狂った者かである。
どれかは知らないけれどオーラユーザーではなさそう。
以前アリアがやられたようにオーラユーザーはオーラをぶつけられると防衛本能からオーラが漏れ出てしまうことがあるからだ。
ローブの男からオーラは見られなかった。
剣などを高いレベルまで鍛錬している猛者か、死を恐れない狂人になる。
「馬車に乗りましたね」
パサリとフードを下ろした男は道に止めてあった馬車に乗り込んだ。
どこかの家紋が刻まれている馬車。
ということは男は貴族である。
馬車の速度で紙の鳥を飛ばし続けるのは無理。
このままでは逃げられてしまう。
アリアは紙の鳥を馬車の上に止まらせた。
誰も紙の鳥に気づくことはなく馬車は走り続け、小さな寂れた教会の前に止まった。
「チッ……どこか」
ローブの男が教会の中に入っていった。
ドアが閉められてしまって紙の鳥は中に入れなかった。
アリアが今いる場所から距離もあってかなり紙の鳥から得られる情報も少なくなっている。
外から会話を盗み聞くことができるほどの力はない。
「あそこなら!」
教会の周りを飛んでみると開いている窓があった。
「娘はどうなってる?」
「気が強くて……暴れるので殴って大人しくさせ縛って地下室に放置しています。飲まず食わずでも数日は死なないでしょう」
中に入ってみるとローブの男は神官のような男と会話をしていた。
娘とはデュスディニアスの娘のことだろうとアリアはすぐにピンときた。
「魔物はどうしている?」
「明日にでも港に到着する予定ですが……本当に調べられずに貨物として上陸させられるのですか?」
「水賊の働き次第だ。もっと方法があっただろうに誘拐だなんて頭の悪い手段をとりおって……これだから卑しいやつは」
ローブの男は深いため息をついてやれやれと首を振る。
「輸送は……」
「……それも…………」
声が遠くなっていく。
「うっ……」
「アリア!」
アリアの意識が紙の鳥から急に引き戻された。
「鼻血が……!」
アリアの鼻から血が垂れてトゥージュは慌ててハンカチを取り出した。
少し力を使いすぎた。
馬車に乗ったせいで距離も空いたし、かなりの時間紙の鳥とリンクしていた。
限界を迎えたアリアは強制的に紙の鳥とリンクが切られてしまった。
無理をしたので頭に血が昇って鼻血を流してしまったのである。
「けれど……これでなんとなく状況は掴めましたわ」
無理をした甲斐はあった。
誰が何を狙ってこんなことをしているのかが分かった。
黒幕はデュスディニアスではなかった。
真の黒幕はあのローブの男である。
その正体こそ掴めなかったものの、アリアにはある予想があった。
「ケルフィリア教……」
「何か言いました?」
「いえ、ハンカチありがとうございます。後で新しいもの買って返しますね」
回帰前ケルフィリア教は魔物を使った事件をいくつか起こしたことがあった。
普通の人ならば魔物なんて危ない存在は使わない。
きっとローブの男も神官もケルフィリア教なのだとアリアは思っている。
ケルフィリア教の陰謀ならば絶対に阻止せねばならない。
今得られた情報で何ができるのか、アリアは考え始める。
「デュスディニアス……」
アリアは頭の中でデュスディニアスの情報を思い出してみる。
この街に来るにあたって危険人物として名前が挙がっていた。
彗星の如く現れて水賊たちをまとめ上げたリーダーとしてのカリスマ性もある人物で、残虐性のある危ない人だと資料には書いてあった。
ただアリアには別の情報も頭にある。
回帰前にもデュスディニアスの名前をアリアは聞いたことがあった。
回帰前のデュスディニアスは国によって討伐された。
水賊の規模があまりにも大きくなって目に余るようになったので助けを求められた国が出てきたのだ。
確かその時はカールソンがデュスディニアスを倒したのだったなと思い出した。
この件の功績もあってカールソンは黒騎士団の団長に推薦された。
デュスディニアスを倒すなんて回帰前のカールソンもやるものである。
デュスディニアスは元々他国の水軍を率いる将だったとかそんな話も聞いた気がする。
なぜこの国に流れ着いて水賊をしているのかは知らないが深い事情もありそうだ。
ただしその時でも娘の話は聞いたことがなかった。
もしかしたら今のこうした事態で殺されたのかもしれないし、徹底的に隠し通したのかもしれない。
しかしアリアは期せずしてデュスディニアスの弱みを握ることに成功したのである。
「水賊……私のものにならないかしら?」
鼻血を押さえるハンカチの下でアリアはニヤリと笑ったのであった。