誘拐事件発生3
リスクを承知でスキャナーズにも手を出す理由があるはずなのだ。
だが倉庫に閉じ込められているという少ない情報だけでは何も推測することもできない。
「アリアぁ?」
「ふふ、少しは落ち着きましたか?」
震えが収まってきたトゥージュの頬をアリアはぷにぷにとつつく。
細身のトゥージュであるが頬は柔らかくて意外とクセになる感触をしている。
トゥージュは普段と変わりなく笑うアリアを見て安心感を覚え、少し落ち着いてきた。
「おっ、意外と静かじゃねえか」
倉庫のドアが開いて眼帯の男デュスディニアスが入ってきた。
てっきり泣け叫んだりうるさいと思っていたのに思いの外静かでありがたいと思った。
うるさくとも脅して黙らせればいいが、余計な手間が省けた。
恐怖、動揺、敵意。
トゥージュ、パメラ、ジェーンの目を見て違うとデュスディニアスは思った。
周りを落ち着かせる者の目をしていない。
冷静。
恐怖も敵意も見えず、凪いだ水面のように乱れがない。
デュスディニアスはアリアのことなど知らなかったけれどもアリアがこの静かな状況を作り出しているのだと気がついた。
少し惜しいなと思った。
もう数年、せめてアリアがジェーンぐらいの年頃であれば自分のものにしたいぐらいだった。
「まあ大人しくしているのはいい。こちらもお前らが大人しくしているのならこのまま丁重扱ってやる」
「ならお水ぐらいいただけますか?」
何を言うんだとパメラとトゥージュがアリアを見た。
水賊相手にそんな口の聞き方をしては危ない。
「ははっ、客扱いを求めるのは過分だがあんたは気に入った。菓子のようなもんはないが水ぐらいは用意しよう」
けれどデュスディニアスはむしろ機嫌を良くした。
アリアの性格も好ましい。
過度な要求でもないし、堂々としている。
「そ、それで何が目的なんですか?」
やや震える声でパメラが問うた。
おそらく襲われたのは自分のせいなのだからなんとかせねばと思っていた。
「少しスキャナーズにお願いしたいことがあってな。お前たち……正確にはお前はそのための交換材料なんだ。交渉のためのコマだ」
やはり何かやらせたいことがあるのだなとアリアは思った。
大きな水賊ならお金を稼ぐ手段はいくらでもある。
にも関わらずこんなリスクの高い行為をしたのはスキャナーズにパメラの安全と引き換えに何かをやらせるつもりだったのである。
「安心しろ。俺たちもスキャナーズを敵に回したくはない。殺しはしないから大人しくしといてくれ」
誘拐しといて敵に回したくないも何もないのではないかと思うが殺してしまえば関係は決定的になる。
スキャナーズは全てをあげて水賊ゲルフマンとデュスディニアスを潰しにかかるだろう。
パメラを生きて返せば不満は高まりつつも最後の一線を踏み越えることはない。
今回の件で白昼堂々とパメラを誘拐することもできるのだとゲルフマンは証明してみせたのだからスキャナーズも簡単に手が出せなくなる。
「巻き込まれたお嬢さん方には申し訳ないが少しの間そうして大人しくしていりゃ家に帰してやるからな」
悪人だが話も分からないバカではなさそうだなと思った。
きっとアリアたちがうるさく騒ぎ立てればデュスディニアスも怖い顔をして黙るように押さえつけたのだろう。
しかしアリアたちの態度を見て紳士的に振る舞っている。
何でもかんでも脅せばいいと思っているゴロツキではない。
「まあスキャナーズがお願いを聞いてくれることを願うんだな。じゃないと……向こうに本気度を伝えるために少し協力してもらうこともあるかもしれないからな」
デュスディニアスはニヤリと笑うと部屋を出て行った。
「どうですか、ジェーン」
「…………厳しそうですね」
「仮に剣があっても難しいでしょう」
ジェーンは悔しそうに唇を噛んだ。
隙があれば襲いかかろうと思っていた。
しかしデュスディニアスは隙だらけなように見えて全く隙がなかったのである。
たとえジェーンが武器を持っていて襲いかかってもデュスディニアスはすぐに対応してきたことは確実。
ただの水賊の頭領のようで立派な武人である。
アリアと二人なら可能性はありそうだけれどそれもまた絶対とは言えなかった。
「敵の実力を見抜くことも生き残るためには必要ですわ」
「分かりました」
ただの賊ではないということを馬車を襲われた初見でアリアは見抜いていた。
ジェーンはアリアの言葉を受け入れて素直に頷いた。
アリアの言葉はジェーンを思ってのこと。
そして正しいことを言ってくれているのだから言葉を胸に刻んでおく。
「ではどうするのですか?」
「うーん、このままいても多分出してくれるとは思いますが……」
デュスディニアスが口先だけで大人しくしていれば助けてやると言う男には見えない。
スキャナーズとの交渉が上手くいってお願いとやらが聞いてもらえればアリアたちは解放される。
「ただ悪事のエサにされるのは気に入りませんね」
お願いが何かはわからないけれど真っ当には聞いてもらえないことなのは確かである。
大人しく人質になっていればそれで何事もない可能性は大きいが、悪事に利用されるということはアリアも納得はいかなかった。