女の敵は女3
「ふぅ……申し訳ないな、アリア」
ビスソラダの態度にゴラックがため息を漏らす。
もともとビスソラダはアリアに対して歓迎的でなかった。
まだ幼いとも表現できるアリアに何があってそうした態度取っているのかゴラックにも理解できないでいた。
「ぐすっ、私こそ申し訳ありません。
食事の席で取り乱してしまいまして」
「気にするな。
あれはビスソラダの方が言い過ぎた」
「大丈夫だよアリア。
きっとお母様も少し……機嫌が悪かったんだ」
アリアはディージャンから受け取ったハンカチで涙を拭いながら3人のことを観察していた。
ゴラックとディージャンはそんなにアリアのことを疎ましく思っていない。
むしろ肩を持つこともしてくれる。
女の子の扱いが苦手なようでなくアリアに動揺して本気で心配してくれている。
注目しているのはユーラ。
言動的にアリアのことを好意的に思っていないのは明らかなのでよく観察していた。
てっきり母親のビスソラダについて出て行くと思っていた。
長男であるディージャンは家長であるゴラックが直接指導しているが次男であるユーラの教育にはビスソラダが大きく関わっていた。
つまりユーラにはビスソラダの息がかかっているのだ。
アリアのことをよく思っていないのが母親であるビスソラダだからユーラの発言はビスソラダの影響である。
どうせなら家を自由に操りたい。
そんな欲望がユーラを導いているのとしたら。
だけどビスソラダを追いかけないあたりまだユーラの洗脳はそれほど強くもないのかもしれないと思った。
思い出してみれば回帰前では大きくなったユーラの側には常にビスソラダがいたような気がする。
「叔父様やお兄様のおかげで私は大丈夫ですわ」
そっとディージャンの手を取って微笑む。
するとディージャンの頬が少し赤くなる。
「君は大変な目にあった。
甘やかしすぎなどということもないだろう」
「……でしたら1つお願いしたいことがございますわ」
「なんだ、言ってみなさい」
「先生が欲しく思いまして」
「先生?」
「貴族の女性はもっと小さい頃から努力を重ねていると聞き及びましたので私も追いつけるように頑張りたいと思っております。
私もエルダンの名に恥じない女性になりたいのです!」
涙でうっすらと赤くなった目で訴えるアリア。
健気でなんとも胸を打つお願い。
本当は剣の先生をお願いしたいが今お願いするには不自然すぎて理由をつけられない。
どの道他のスキルもある程度は上げる必要があるので上げていくつもりだった。
経験のない剣などと違って礼儀作法や刺繍は自分だけでも上げられる。
しかし自分だけでの高レベルに達してしまうとどうしても周りからの注目は避けられなくなってしまう。
女性である以上礼儀作法や刺繍などと人生は切り離せない。
己の力で全てを一蹴出来るようになるまでは周りを欺くことも当然にやらなきゃならないことである。
「アリア……」
ゴラックにも感動した様子が見てとれる。
頑なに塞ぎ込んでいた子が前を見て歩き出そうとしている。
平民と貴族では生活が大きく違う。
慣れることも楽ではない生活にアリアが慣れようとしてくれていることにゴラックも心動かされていた。
どことなく兄を思い起こさせるアリアの目を見つめ返していたゴラックは深く頷いた。
「分かった。
近いうちに良い先生を探そう。
なんなら居をこちらに移しても」
「それは……まだもう少し」
「無理にとは言わない。
移りたくなったらいつでも言ってくれ」
屋敷を移るつもりはない。
本邸に比べれば小さいというだけで1人で住むには手に余るほどのお屋敷を1人で使わせてもらっているのだ。
自分を気に入らない夫人がいる屋敷になど生活を移すつもりは一切ない。
それにあちらの屋敷で自由に出来る方が何かと都合がいい。
そのあとアリアはしっかり食事を食べきって本邸から自分に与えられた屋敷に戻った。
屋敷まで歩きながらアリアは考えた。
なぜビスソラダがアリアを良く思わないのか。
それはおそらく継承権の問題だ。
貴族でも事業でも古くから長男がそれを継いでいくべきという古臭くてカビの生えた考えがこびりついている。
このエルダンにおいてはゴラックは次男であった。
長男はアリアの父親で本来ならそちらがエルダンを継ぐべきであったのだ。
アリアの父親が駆け落ちをしていなくなったからゴラックがエルダンを継いで、長いこと安定していたのだけどそこにアリアが現れた。
本来家を継ぐべき人の子供が現れたのだ。
女性ではあるがアリアにもエルダンを継ぐ権利がないこともないのだ。
エルダン家は公爵家であり、それなりの規模があって家臣も多い。
ディージャンとユーラ兄弟でもどちらにつくかの派閥があるが、より操りやすそうな小娘が現れたのであればエルダンを操ることを目論む人が出てきてもおかしくない。
だからビスソラダはアリアを警戒して、排斥しようとしている。
多分自分の統制の及ばないディージャンではなく、支配下に置いておけるユーラに家を継がせたいビスソラダはアリアという不穏分子が邪魔であるのだ。
「おかえりなさいませ……お嬢様」
回帰前のアリアにはエルダン家を乗っ取ろうだなんて考えは毛頭なかった。
静かに大人しく、ただ暮らせていればそれでよかった。
なのに大人の汚い思惑のせいでゴラックの温情にも気づかないで辛いとばかり思っていた。
ただ今回は大人しくしているつもりはない。
エルダン家はいらないがビスソラダの好きにさせることはあり得ない。
シェカルテは赤いオーラを漏らすアリアを見て食事会でエルダンのみんなを殺してきたのではないかと心配になってしまったのであった。