女の敵は女2
正確にはアリアは家族ではない。
1つ間を空けて隣接しないようにした席にアリアが座ると食事が運ばれてくる。
「最近剣術の調子はどうだ?」
いつものことながらアリアが入らない家族の会話が始まる。
いいのだ、ただ空気となって美味い飯を食えれば感謝すべきことである。
「レベルが7になりました」
ディージャンが答える。
大抵スキルはレベル5ぐらいまでは簡単に上がり、そこからしっかりと行っていくことが求められる。
おちゃらけているとレベルで分かるものだがディージャンは真面目に剣術の鍛錬をしているようだ。
特別才能がある方じゃないけれどこの調子を維持できるなら一当主として恥ずかしくないレベルになれるはずだ。
「ぼ、僕はレベル4に……」
続いてユーラが答える。
こちらもまた必死に兄を追いかけている。
ユーラの方はどうだろうか。
まだまだ初心者レベルなので才能の有無を論じるには足りない。
遊びたい年頃の男の子にしては頑張っているかもしれないが先生をつけてもらってまだレベル5にも達していないのは遅いと言える可能性もある。
アリアは剣術を習ってこなかったので習熟度の違いでは判断できなかった。
どうせならユーラよりもディージャンの方が優秀である方が好ましい。
「ユーラ、先生はどう?」
「お母様が付けてくださった先生はとてもわかりやすくて良い先生です!」
「そう、なら良かったわ」
アリアは食事を取りながら会話に耳を傾ける。
この会話一つ一つが今後に活かせることであるかもしれないから。
「アリアは……最近どうだ?」
ゴラックは一応アリアにも話題を振ってくれた。
ただ兄弟に聞いた時より言葉のキレは悪い。
「最近体を動かし始めましたわ」
手を止めてニコリと笑顔を浮かべる。
回帰しましたとは言わない。
「そうか……そういえばテーブルマナーも身に付いてきたようだな」
背筋を伸ばしナイフとフォークを巧みに操るアリアは非常に様になっている。
とても付け焼き刃には見えず、ゴラックはアリアの所作に関心していた。
長年礼儀作法のレベルを上げてきているビスソラダにも劣らない。
実際のところアリアもかなり辛い。
レベルが上がったことによる補正を受けられないので回帰前の経験と細やかな気配りと少ない筋力を駆使してなんとか綺麗に見せていた。
『礼儀作法のレベルが上がりました。
礼儀作法レベル5→6』
その無理が効いてきて礼儀作法のレベルが上がっていく。
「はい。
私もエルダンに恥ずかしくないように努力を重ねております」
「結構。
体を動かしているというが体調は大丈夫なのか?」
優しい声色。
どうして回帰前は怖いと思い続けていたのだろう。
「はい。
むしろ体を動かし始めて調子が良くなりました」
「それは良かった。
何か入り用な物はないか?
不都合でないのならこちらの本邸の方に移っても……」
「あなた。
この娘に対して甘すぎはいたしませんか?」
カシャンと不愉快そうな音を立ててフォークがさらに置かれた。
ビスソラダの声は冷たくて、アリアに対する非難の感情が聞いて取れる。
回帰前にはとんでもない言葉で罵倒されたアリアにはもはやそれぐらいで動じることもない。
「住む場所を提供してあげて生きるのに困らないようにしてあげているのにこれ以上何を与えるというのです」
「しかしだな……」
「しかしではありません」
「家を捨てた人の子供なのですよ」
本人を前にして、配慮というものがないのか。
アリアが怖かったのはゴラックではなくて、ビスソラダの方だった。
いつの間にか記憶の中でビスソラダのことが抜け落ちて怖かった印象がゴラックの方と混ざってしまっていたのだ。
「生きていけるだけでもありがたいと……」
「お母様!」
やられっぱなし、言われっぱなしでは済まさない。
ゴラックがアリアに対して出そうとしていた助け舟をビスソラダが邪魔をしていた。
そのことにアリアは気づいた。
髪の毛引っ掴んで窓から放り投げても良いのだけどそうすると後が面倒。
ここはもういっちょ泣いてみる。
ワナワナと震えてナイフを落としたアリアに注目が集まった。
アリアの目から涙がこぼれてみんな驚く。
なかなか出ない涙を出そうとしているのだけどそれが逆に涙を堪えているように周りに見せた。
ディージャンが立ち上がってアリアの側に寄って膝をついて心配そうに顔を覗き込む。
「ビスソラダ、子供の前で言い過ぎだぞ」
「で、ですけど……」
「お母様、今の言葉はダメだと思います」
「お兄様ありがとうございます」
ディージャンはハンカチを取り出してアリアに渡す。
「ビスソラダ!」
泣くまでは大変だけど泣いてしまえば意外と涙は出てきてくれる。
アリアの涙にユーラも気まずそうな表情を浮かべている。
大人げない発言をしておいて謝罪の言葉もないビスソラダをゴラックが叱責する。
ここでビスソラダも泣けるなら形勢は分からないけど良い大人が小娘に泣かれたからと泣くことなんて出来るはずない。
「……ッ!」
「お母様……」
完全に不利な状況。
しかし謝罪の言葉も口にしたくないビスソラダは怒りの表情を浮かべて立ち上がって部屋を出て行った。