悪の戦い方1
考えが良ければ人はついてくるだろうと考えるのもいささか傲慢である。
正直に言えば多くの生徒は生徒会というものに興味がない。
一部の運営を任されていると言ってもそれほど権力があるわけでもない。
誰が会長になろうとも身の回りに変化がないのだから興味も持たないのである。
たとえ正しいことや利益のあるようなことを主張していたとしても興味を持ってもらえねば伝わらないのだ。
ならば多くの人はどうやって人を選ぶのか。
地位や知名度といったもので人を選ぶのである。
その点でいけば第二王子というエランはそれだけで少し有利なのである。
しかし中には地位や知名度といったところでも候補者を見ていない人もいる。
「こ、こうですか?」
「もっとお顔を上げてください」
「こう?」
「それでは上げすぎですわ」
そんな人たちが見てるものの中に容姿というものがある。
容姿だけを見ているという人は少数派であるが容姿が良いから話を聞こうとか容姿が良いから注目されるということは少なからずあるのだ。
ユレストは容姿的に悪くない。
カインやノラのように甘い顔はしていないがクールな顔立ちをしている。
むしろ会長選挙に出る上では真面目に見えて良いぐらいである。
ただユレストはあまり自分の容姿に興味がなかった。
小綺麗にはしているが自分の容姿を活かそうとはしていない。
ユレストは主張の問題についてはちょっと指摘してやれば主張の仕方を理解してしっかりと考えてくれている。
アリアはその主張を聞いてもらえる入り口としてユレストの容姿を整えることにした。
髪を切り、授業の時にかけているメガネをよりシャープなものに替えた。
それだけでもユレストの印象はだいぶ変わったのだが最後にアリアはまだ手を緩めなかった。
ユレストの容姿は難しい。
キリリとした顔立ちは見ようによって大きく印象が変わる。
ちょっとした角度で卑屈に見えてしまうこともあれば高圧的に見えてしまうこともある。
ユレストは比較的うつむくような感じが多くて暗い卑屈な感じに見えてしまいがちだった。
そこでアリアはユレストの姿勢を矯正しようとしていた。
「そうそう。そんな感じですわ」
アリアの指導のおかげでユレストは見た目だけなら立派になった。
自信があって堂々としているように見える。
「あとはお腹から声を出して、みんなに伝えるという意思を大事にしてください」
準備ができたなら次の段階に進む。
基本的に会長選挙で声高に票を集める活動をすることはない。
必死に主張を口に出してアピールすることはスマートでなく、フロント活動のような形で静かに票を集めるのが主流となっている。
しかし自分の主張をアピールする場がないのではなかった。
「どうか……聞いてください!」
ちゃんとルールとしてアピールする場があるのだ。
「アカデミーに不便を感じたことはありませんか? 教室が遠い、日が落ちると暗いところがあるなど少しのことでより快適になると考えたことあるはずです!」
授業に関する掲示などが貼り出されるホールは多くの生徒が通行する場所である。
そこでユレストは自己の主張をアピールし始めた。
「ふふふ……今のところ良さそうですわ」
その様子を離れたところで見ながらアリアは満足げに笑った。
こうしたアピールの仕方をする人は少ないのでユレストは注目を浴びている。
あとはユレスト自身がどうにかしていくしかない。
「頑張ってください、ユレスト。こちらでもあなたのことを支援いたしますわ」
光が当たる表の活動はユレストに任せよう。
アリアは裏で動く。
「悪いことも時には必要なのですわ」
ーーーーー
選挙の戦い方は何も票を集めるだけではない。
相手の支持を減らしていくことも時として非常に有効な戦い方となる。
アリアにはツテがある。
情報を集める能力に長けた聖印騎士団候補生たちが仲間である。
情報を集められることの裏を返せば情報を広めることもできるのだ。
「聞いたか、第二王子の噂?」
「ああ、ギリギリだった単位を金で合格にしてもらったってやつだろ?」
ケルフィリア教に打撃を与えるためだと説得して聖印騎士団のクラブであるフェクターに動いてもらった。
とある噂を流してもらったのだ。
それが第二王子に関するもので、単位を金で買ったというものだった。
「なんだか機嫌良さそうですね、アリア」
「ちょっと面白いことがありまして」
近くでエランのことを噂する男子生徒を横目にアリアは作戦が上手く行ったことを喜んでいた。
エランは第二王子として有名なので噂も広がるのが早かった。
今エランに対する支持は揺らぎつつある。
ただアリアが流した噂というのは全くのウソではないのだ。
回帰前エランと婚姻関係にあったアリアはエランの秘密をいくつか知っていた。
お酒に酔って気分が良くなると昔やったことを武勇伝のように語ることがあったのだ。
その中でエランはアカデミーでのことも口にしていた。
実際のところギリギリ落第だった単位があったのだけどそれをどうにか合格にしてもらったという話をアリアにしていた。
どう便宜を図ってもらったのかまでは知らないが大体が金で解決したものだろうというのは想像に難くない。
エランの側は今困ったことになっているだろう。
本当のことならば強くも否定できない。
あまりに強く否定しすぎて調べられでもしたらバレてしまうからだ。