女の敵は女1
アリアが現在身を寄せているエルダン家は誇り高き侯爵家である。
現当主はゴラック・エルダン。
アリアの父親の弟で、アリアから見て叔父である。
なぜアリアは叔父のもとに身を寄せることになったのか。
そもそもアリアは自分が貴族だなんて知らなかった。
のどかな片田舎、優しい平民の父親と優しい平民の母親のもとに生まれたただの平民と思っていた。
贅沢はできないけれども日々つつましく楽しく生活していた。
アリアも他の子と同じくおままごとなんかをして生きていたのだけどある日状況が一変した。
アリアが遊びに出ている間に買い物に出ていた両親に馬が暴れた馬車が突っ込んだのである。
母親を守ろうとした父親は即死。
父親が咄嗟に守ったけれども母親の方も重症であった。
大金持ちで都市部に住んでいたなら神官などを呼んできて助けられたかもしれない。
けれどもその時にアリアの家はお金に余裕があるものでもなく、近くに神官がいる場所でもなかった。
死なないでほしいと泣きじゃくるアリアに母親はいくらかのしてこなかった話を息も絶え絶えに伝えた。
アリアの父親は貴族であり、アリアの母親と駆け落ちして家を飛び出した。
今アリアの父親の家は父親の弟である叔父のゴラックが継いでいるのできっと助けてくれるだろうと言っていた。
頑張ったけれども愛してるという言葉を残して母親も息を引き取ってしまった。
急に一人ぼっちになったアリア。
まだ年端もいかないアリアはただ泣いていた。
知り合いの親切なおじさんがほとんどやるような形で手伝ってくれて家財道具を処分して持てるだけのものを持たせてエルダン家に送り届けてくれた。
突然家を飛び出した兄の子供が訪ねてきてゴラックも困惑したようであった。
事情を聞き、こころよかったかは別にしてゴラックはアリアを受け入れてくれた。
いきなり増えた家族。
しかも男兄弟しかいないような状況に女の子。
そして今思えばアリアも悪かったと思う。
両親の一件があったことですっかりとふさぎ込んでしまったアリアはエルダン家に馴染むような努力も怠ってしまっていた。
「さて、まいりますわよ」
ユーラは厄介者と言ったがそんなに爪はじきにされていてもなかった。
回帰前でのもう少し後には教師も付けて貴族らしく振舞えるように教育もしてくれた。
考えれば考えるほどに思うのは向こうも距離を測りかねていたのではないかということである。
両親を亡くしてふさぎ込んだ、駆け落ちした兄の一人娘。
互いに歩み寄り方が分からずとりあえず不自由のないように離れの屋敷を与えてくれていた。
カラッポと嫉妬の塊のいさかいは憤懣やるかたないが別にエルダン家に恨みはない。
ゴラックが死ぬまでは好きだったと言えるかもしれない。
だから今回は少し歩み寄ってみる。
そして可能ならこの家も食ってしまおう、そうアリアは考えていたのであった。
「失礼いたします」
基本的にアリアは離れの屋敷で食事をとるのだけど月に一度程度本邸の方でエルダン家の面々と食事をとっている。
礼儀作法を見られているとか定期的な監視のためと回帰前は疑心暗鬼になっていたがこれもアリアを知るための物だったのかもしれない。
スカートの端を軽く摘み上げて挨拶をして部屋に入る。
部屋には当主であるゴラックをはじめ、ディージャンとユーラ兄弟とそしてゴラックの妻であり兄弟の母であるビスソラダがいた。
なんてことはない。
そう胸の中で言い聞かせながらここに来たのにみんなを前にすると緊張が胸を締め付ける。
『礼儀作法のレベルが上がりました。
礼儀作法レベル4→5』
『礼儀作法レベルが5に達しましたのでフリーレベルを1獲得しました』
アリアの自然な礼にゴラックが驚いた顔をする。
それも当然でこの時期のアリアはまだ礼儀作法などなっていないからである。
見よう見まねでやってみたりと馴染む努力はしてみていたけれどメイドにバカにされるので身につく前にやめてしまっていた。
礼儀作法も回帰前には非常に高いレベルであった。
一時は王子のパートナーだったのだから出来て当たり前のレベルまで努力した。
今はレベルも低いのできれいなお辞儀1つでも完璧に近くやれればレベルが上がる。
「アリア、調子はどうだい?」
昔は威圧感があって怖かったゴラックも冷静になってみてみると兄弟だけあってどことなく父親に似ていることに気が付いた。
その目も厳しく見極めるような目ではなく、思いのほか優しい目をしていた。
「おじさまの温かいご配慮のおかげで不自由なく暮らせいます」
「むっ……そうか。
それならよかった。
何か必要なものはないか?」
「先に食事にいたしましょう。
あなたもそんな邪魔なところに突っ立っていないでさっさと座りなさい」
(むしろ問題はこちらの方ね……)
「そうだな。
立たせたままで悪かった。
座るといい」
「ありがとうございます」
当時は分かっていなかった。
敵意を向けてきているのが誰なのかを。
アリアに厳しい目を向けているのはゴラックではなくビスソラダの方であった。
会話に割り込んでくる方が無粋なマナーだと内心で思いながら席につく。