見覚えのある色2
ただ最後まで見ていると男子生徒の肩が震えているのがアリアには見えた。
負けて悔しくないことなどない。
よく最後まで耐えたものである。
試合前にナンパしている人よりはよほど好意的にアリアの目に映った。
勝った喜び、負けた悲しさ、意外な才能を見つけられた嬉しさ、期待が外れた残念さ。
各々の中に様々な感情が渦巻いて個人戦は進んでいく。
「お兄様、あーん」
「あーん」
予想通りというべきか、アリアは持ってきた食べ物を全て食べ切れなかった。
結構食べた方ではあるが多すぎてしまった。
なので隣に座るユーラにサンドイッチを差し出す。
ユーラは驚いたような顔をしたけれどアリアに食べさせてもらえるという嬉しさが一瞬で上回った。
ニコニコとしてアリアのあーんを受け入れる。
ディージャンとノラが羨ましそうに見つめる中でユーラはサンドイッチをパクリと一口。
普通に美味しいサンドイッチがアリアに食べさせてもらうことによってより美味しく感じられる。
ユーラはディージャンの視線に気がついてニマッと笑う。
まるで羨ましいだろ、と言っているようでディージャン は少し悔しそうな表情を浮かべた。
周りの子たちはエルダン兄妹は仲が良いよねなんて思いながらその光景を微笑ましく見ていた。
「あら……これは少し見ものですわね」
2回戦からは2戦同時ではなく1戦ずつとなる。
適宜ディージャンにも食べさせながら試合を見ていると再びカールソンの番が回ってきた。
対戦相手はなんとゲルダであった。
アリアからすると顔を知っている同士の戦いになる。
どちらも高い実力があることは分かっているし試合としても気になる。
アリアのあーんを待っていたノラもカールソンの試合とあっては視線を会場に向けた。
「アリア・エルダン、君と同じアカデミーだろ?」
「……そうですが何か?」
対戦相手であるカールソンではなく観客席を見ているゲルダ。
誰か応援してくれている人がいるのかもしれないと思うと同時に見ている方向が気になった。
見ているのがゲルダたちシェルドンアカデミーの人たちがいる方向ではないからだ。
その時ふとゲルダが口を開いた。
アリアの名前が飛び出してきて、カールソンは思わず眉を寄せた。
「彼女、婚約者とかいるのかい?」
「婚約者がいるとは聞いたことはありませんが」
「そうか、ありがとう。じゃあ僕にもチャンスはあるかな?」
「なんですって?」
カールソンが険しい表情を浮かべる。
チャンスとは何なのか。
おそらくカールソンの考えるチャンスとはあまり外れていない。
カールソンは嫌な予感がした。
「彼女は強い人が好きらしい。なら僕にも大いに彼女をモノにできるチャンスがある」
うっすらと笑うゲルダにカールソンは怒りを感じた。
アリアをもののように扱う発言をしたこと、あたかも自分よりも強いのだと言うような態度、どこかでアリアと話したのだということも気に障った。
「どうしてそんな怖い顔をしている? まさか君も彼女を?」
「だとしたらどうしますか?」
「……どうもしないさ。僕は君を倒して証明する。ただそれだけ」
「証明だと?」
「僕の力をだ」
冷静になって額の痛みが残るにつれて、頬を押さえながら惚れたと口にするキーリオとコーリオのことがバカにできなくなった。
もう額は痛くないのにデコピンをされた時の衝撃が忘れられないでいた。
自慢じゃないがゲルダの顔はいい。
成績優秀、品行方正で周りの評判は良く、剣の腕も優れていて言い寄ってくる女性は多い。
けれどアリアはそんなゲルダに一切なびくこともなかった。
それどころか力を証明したら考えてやるなどと初めて手を伸ばさねばならない立場にゲルダは立たされたのである。
そして痛みは消えていったがアリアへの興味は大きくなった。
あまり学園対抗戦に積極的な考えを持っていなかったけれど少し考えが変わった。
力を証明した時、アリアはどれほど自分のことを考えてくれるだろうか。
ゲルダの目に妖しい光を感じてカールソンは警戒を強める。
こいつをアリアに近づけてはならないと思った。
「さあ、始めようか」
ゲルダは剣を抜く。
「あなたにアリア嬢はふさわしくない」
カールソンも剣を抜いた。
「決めるのは周りではなく本人だ」
「ここであなたを倒して止めてみせる!」
カールソンとゲルダの試合が始まった。
「珍しいですわね」
先に攻め込んだのはカールソンだった。
いつもは落ち着いた立ち上がりを見せるカールソンが激しくゲルダを攻め立てている。
あまり見たことがないカールソンの激しさにアリアも少し驚いている。
だがそのやり方は正しいかもしれないと思った。
ゲルダは強い。
いつものように慎重なやり方だと流れをあっという間に持っていかれてしまうかもしれない。
相手に主導権を渡さずに攻めることでカールソンの方が優位に立って戦いを進められる。
「ふふ、やるじゃないか」
けれどゲルダはカールソンの剣を完璧に防御していた。
アリアだったらかなり厳しいかもしれないカールソンの猛攻を冷静にさばいて、うっすらとした笑みを崩すこともない。




