最後の裏切り者1
アカデミー校舎の地下にある倉庫。
そのうちの一つの前に置かれたイスに座っていた教員が大きなあくびをする。
必要なこととはいえ、何もなく見張りをするのも非常に退屈である。
持ってきた本も読み終えてしまった。
「ご苦労だった。私が代ろう」
「ああ、ありがとうございます。あれ? オソン先生が交代では?」
「私が担当するはずだった時間が都合が悪くて代わってもらったのだ」
「そうだったのですか。うぅ〜、座りっぱなしは腰に悪いですね」
地下に降りてきたのはホーンドだった。
見張りの交代を告げると教員はこの暇な時間からようやく解放されると嬉しそうに笑った。
ホーンドは教員が去るのを見送り、そのまま少し待った。
完全に人がいなくなったことを確認するとホーンドは倉庫のドアに手を伸ばした。
「……ふん」
ドアに触れた瞬間バチリと音がして手が弾かれた。
簡単には開けられないように魔法がかけられている。
「しかし……私にかかれば」
ホーンドが懐から小型の杖を取り出すとドアに向ける。
するとドアに淡く光る魔法陣が浮かび上がる。
「どちらかといえば内側から破られないようにしている魔法陣ですね。外からならば破ることは難しくない」
ホーンドが魔力を込めると魔法陣の中の模様が動く。
そして模様の動いた魔法陣が光を失って消えていくとホーンドはニヤリと笑った。
「やはりあの老いぼれよりも私の方が優れている」
杖を再び懐にしまってドアノブに手をかける。
今度は弾かれることもないが鍵がかかっていた。
それもそうかと思いながら鍵を取り出して開ける。
「このような埃っぽいところ私の好みではないですがね」
見た目には分かりにくいがホーンドには潔癖症に近いところがある。
倉庫の空気の悪さにホーンドはハンカチを口に当てて不愉快そうな顔をする。
倉庫の奥にもイスが一脚置いてある。
そこには手足を縛られて頭に袋をかぶせられたキュミリアが拘束されていたのであった。
学生を教える場であるアカデミーに人を捕らえておく場所なんてない。
そのために倉庫をそうした場所がわりに使っていたのである。
「キュミリア」
スタスタとキュミリアの前まで行ったホーンドは冷たい目をしてキュミリアのことを見下ろしている。
「せ、先生? 助けに来てくれたのですか?」
ホーンドの声に反応してこうべを垂れていたキュミリアは顔を上げた。
袋をかぶせられているので顔は見えない。
「助けに? そんなんけないでしょう」
ホーンドは鼻で笑う。
「私はあなたを処理しに来たのですよ」
「しょ……処理……」
「そうです。あれだけお膳立てして、ショダスまで貸して差し上げたのに失敗した挙句ショダスまで奪われてしまって……こちらの損失も計り知れません」
やれやれとホーンドは首を振る。
アリアが目星をつけていたホーンドもケルフィリア教であったのだ。
魔物の目撃騒ぎを偽装して、アカデミーの教員の中でも戦いにおいて優れた人を調査の名目で連れ出した。
そうすることでホーンドはアルドルト襲撃から距離を置くこともできるので疑われない。
「それにあなた……魔力回路がねじれてしまったようですね。そうなると一般人にも劣る……」
キュミリアは無理しすぎた。
本来扱えないオーラを神の力によって無理矢理引き出して戦って、強いダメージを受けて反動を受けてしまった。
人の体には魔力を通すための魔力回路と言われるものがあってこれが丈夫でスムーズに魔力を流せるほどに体は健康で強くなると言われている。
しかしキュミリアは無理したために魔力回路がダメージを受けてねじれてしまった。
魔力が流れないものではないが魔力の流れははるかに悪くなり、手足などの力が極端に弱くなることが予想された。
剣も握れるか分からない。
もはや使えるコマではなくなった。
ならばこれ以上何かを口にする前に処分するのみである。
「清掃の……何でしたっけ? 名前は忘れましたがあの方のほうがまだマシでした。死んでくれたんですからね」
「なんだと……?」
「なんですか? あなたも失敗した時点で死ぬべきだったのですよ。老いぼれ1人も殺せない……使えないガキが」
ホーンドは杖を取り出してキュミリアの頭に向けた。
「せめて苦しまないように一撃で逝かせて差し上げましょう」
「それは困るな」
「何? ……まさか、分かっていたのか」
ホーンドが慌てたように振り返るとそこにアルドルトがいた。
全く気づかなかった。
ドアから入ってきたのか、はたまた部屋に最初からいたのかもホーンドは分かっていない。
ホーンドは頭の中で言い訳を考えるけれどもはや言い訳のしようもない。
どこから聞かれていたのかも分からないので何を取り繕えばいいのかも組み立てられない。
「老いぼれ老いぼれと言ってくれるではないか」
ホーンドは悔しそうに顔をしかめる。
しかしまだ状況は最悪ではない。
目の前にいるのはアルドルト1人。
ならば倒してしまえばいい。
「死ね!」
ホーンドが杖をアルドルトに向けると火の玉が打ち出された。