闇に堕ちた孫2
「……あの時のワシは若かった。レミの考えを、そしてカイトを受け入れられなかった……
ようやく受け入れられるようになって2人を探したがワシには見つけられなかった。幸せに暮らしているのならいいだろうと思い込んでこれ以上探さなかったということを見捨てたというのならそうなるのかもしれん……」
アルドルトはゆっくりと答えた。
「……聞かせてほしい。レミは…………幸せだったのか」
聞くのが怖い質問。
しかし聞かずにはいられない。
目の前にいるキュミリアが抱く感情を思えばあまり良くない答えが返ってくるかもしれないと思いながらもアルドルトは聞いてしまった。
「分かりません」
「……分から、ない?」
「僕の記憶に残っている母は病気でやせ細った姿のものです」
キュミリアの言葉にアルドルトの瞳が動揺で揺れる。
本来ならまだまだ健在でもおかしくないのに父も母もなく養子となっている時点で多少の事情は察せられる。
「何があったのだ?」
「流行り病です」
「最後の最後まで気丈に振る舞っていましたが薬も手に入らず母は亡くなりました」
「そんな……レミ……」
「母からお爺さんのことは聞いていました」
キュミリアはゆっくりと歩いて机を回り込んでアルドルトの近くに寄っていく。
「キュミリア……」
「これまで勇気が出なくて両親のことを話せないでいました」
「すまなかった……もっとワシが……」
アルドルトは立ち上がって伏し目がちに歩いてくるキュミリアを抱きしめようと震える手を伸ばした。
キュミリアの声が泣きそうに震えているように聞こえたのだ。
両親を亡くしどれだけキュミリアが傷ついたことだろう。
キュミリアの心情を推し量るとアルドルトの目も自然と潤み出す。
「そう、あなたが悪いんです」
顔を上げたキュミリア。
その目には何の感情も映されていなかった。
「な……に……?」
次の瞬間アルドルトの腹にナイフが突き刺さった。
無表情のままキュミリアがナイフを持った手を突き出している。
キュミリアがナイフを抜くとアルドルトの腹からじわりと血が滲み始める。
「キュミリア……なぜ」
「僕はあなたを許しません。母を追い出して助けの手も差し伸べなかったあなたを。同じく結婚を認めなかったアドゥスケスもそのうち僕が滅ぼしてみせる」
キュミリアの目の奥に憎悪の炎が燃え出した。
「させないよ」
腹部の治療をし始めようとしているアルドルト。
キュミリアはナイフを投げ捨てて懐から何かを取り出した。
まるで悪魔の目を模したかのような手のひら大のレリーフ。
「それはなんだ?」
血が流れて痛みで浅く呼吸を繰り返すアルドルトはレリーフから良くない力を感じていた。
「抵抗されたら困るからね。たとえくそ野郎でも魔法に関しては最高峰だから」
半開きだったレリーフの目がカッと見開いた。
途端に背中がゾクリとするような異様な気配がレリーフから放たれる。
「それを放せ!」
アルドルトが手を伸ばして杖を掴んで魔法を使おうとした。
レリーフが何をするためのものが分からないが危険なものであることは確実。
早く破壊しなければならないと思った。
アルドルトの周りに火の玉が浮かび上がる。
「…………なんじゃと?」
レリーフの目が動いて火の玉を捉えた。
次の瞬間火の玉が黒いモヤのようなものに包まれていき、アルドルトの制動が効かなくなる。
「言ったでしょう? 抵抗されたら困るって」
「これはなんだ……」
火の玉が全て黒いモヤに飲み込まれて消えていく。
そして黒いモヤがアルドルトの体に伸びてくる。
アルドルトは火を放って黒いモヤを払おうとするが火が黒いモヤに吸い込まれて、黒いモヤがさらに大きくなっていく。
様々なことに精通しているアルドルトであるがこのモヤが何であるのか理解できないでいた。
「な……」
魔法が吸い込まれてしまうので防ぐこともできない。
腹も刺されていて動くこともできないアルドルトを黒いモヤが包んでいく。
抵抗しようとするけれど魔法を放とうにも魔力を表に放出することができない。
体に力が入らなくなってきてアルドルトの手から杖が滑り落ちる。
「うぅ……これは……なんなのだ…………」
黒いモヤに包まれると全身に鈍い痛みが走る。
アルドルトは痛みに顔を歪めてうめく。
「神の力ですよ。魔力を吸収し、その力を利用して相手を拘束する。素晴らしいアーティファクトです」
「魔力を吸収する神のアーティファクトだと?」
「そうですよ」
「キュミリア、それは悪しき神の力……」
魔力とは生命の力。
魔力を与えることにより吸収するアーティファクトはある。
けれど魔法になるほどの魔力をわずかな時間に吸収するような強力なアーティファクトはあってはならないほど強力なものである。
「だからなんだというのですか?」
「なんだと?」
「たとえ禁じられた力でも、復讐のためになるなら僕は何でも使う。そして復讐のためにあなたの心臓をいただきます」
キュミリアは剣の柄に手をかけた。
「失礼いたしますわ!」
その時アリアが学長室の中に飛び込んできた。
「キュミリア・アドゥスケス! あなた、何をやっているのですか!」
「キュ……キュミリア……」
「キュミリア、さん?」