引っかかる違和感1
「アリア・エルダン様ですね」
角を曲がれば部屋のある通路というところで呼び止められた。
なんだか見たような展開と思って振り返るとそこに女生徒が立っていた。
「こちらフェクターからです」
女生徒が手に持った封筒をアリアに差し出した。
「ありがとうございます」
「失礼します」
女生徒は頭を軽く下げてすぐさま立ち去っていった。
顔も見たはずなのになぜかもう思い出せないような印象の薄さが不思議と残る相手であった。
フェクターからの手紙。
ということはつまり聖印騎士団からだ。
アリアはフェクターを通して聖印騎士団あるいはアカデミー内部にいる聖印騎士団候補生たちに身辺調査を依頼していた。
奇しくもペイガイドに依頼した情報収集と聖印騎士団に依頼した情報収集の結果が同時に来た形になる。
アリアは足早に部屋に戻る。
この時間はトゥージュは授業があってまだ帰ってきていない。
アリアはデスクの上に本を置くとペーパーナイフを手に取った。
まずは先ほど受け取ったばかりの聖印騎士団からの手紙を開封する。
先日から目をつけていたアルドルトの周辺によくいる人たちの身辺調査の結果が書いてある。
外部の情報は聖印騎士団、内部の情報はフェクターに加入している聖印騎士団候補生たちが集めたものである。
名前、生年月日、出身地などのパーソナルな情報がつらつらと記載されている。
そして聖印騎士団らしく本人のケルフィリア教の疑いや周辺にそのような人物がいないかも調べてあった。
何人か遠い関係者にケルフィリア教がいたりするけれど聖印騎士団の調査で完全な黒と見られる人はいない。
「次は……」
アリアは本を手に取って挟んで隠しておいたペイガイドからの封筒を取り出した。
そちらもペーパーナイフで開封して中身を取り出す。
ペイガイドにもアリアは同じような依頼をしていた。
どちらかだけでもいいじゃないかと思いそうではあるがそれぞれ別の視点から調べて情報を突き合わせた時に何か分かることもあるかもしれない。
ただペイガイドの方が流石に情報ギルドというだけあって細かに調べ上げている。
親や友人関係、好きな食べ物なんかまで書いてあった。
「うーん……」
アリアが目をつけていたのはモーダメルという清掃員の女性であった。
いかにも怪しくなさそうな人でとてもじゃないが人を殺すような女性には見えなかったが誰がケルフィリア教か分からず、ケルフィリア教は何をするか分からない。
清掃員ならばアカデミーのどこにいてもおかしくはない。
モーダメルは学長室の清掃も任されているし、ゴミ捨てなどを理由にアカデミーの外に出ることもある。
短時間でも外に出られるのなら他のケルフィリア教と接触することも可能である。
人の噂話などを聞くこともできる清掃員はアカデミーの情報に通じている。
さらには回帰前の記憶でアカデミーの事件の進展についてあまり記憶にないということもアリアの中ではモーダメルを疑う理由の一つだった。
教員などは当然疑われただろう。
けれどアルドルトを殺して逃げてしまえば犯人だと言っているようなものであるし、そのタイミングでいなくなった人など噂になって当然。
だがそうはなっていないということは逃げても表沙汰になりにくい人が犯人だったのではないかと思った。
清掃員が1人いなくなっても捜査する人は分かっても生徒などは誰がいなくなったのか分かりもしない。
どうやって殺したかまでは分からないが1番実行できそうな人物であるとアリアは目をつけていた。
「元ヘンヴァートン家の使用人……数年前に辞めてアカデミーの清掃員になる。勤務態度は真面目、怪しいところはなし」
短期間の調査ではあるがモーダメルに怪しいところはないというのがどちらの調査報告書でも同じである。
ヘンヴァートン家を辞めた理由こそ謎であるもののクビにされたなどの理由ではない。
モーダメルの夫はすでに他界。
子供はおらず親戚もいない。
孤独の身なのは環境的にケルフィリア教の接触はあってもおかしくないと言える。
だが集めた情報だけでは決め手に欠ける。
「ホーンド・ディジャケット……」
次に目をつけているのはホーンド。
魔法において優れた力を持つアルドルトを誰にも気づかれることなく倒すというのはとても難しい。
そのためには魔法に対する深い知識が必要である。
外部から人が入ることが難しいのなら内部でこうした魔法の知識を持っている可能性があるのはホーンドになる。
魔法関係の統括をしている立場にもあるほどのホーンドが犯人だったとしたらもしかしたらアカデミー側がその事実を隠匿したのかもしれない。
ホーンドの情報にも目を向ける。
ホーンドは魔塔における派閥争いで負けたために魔塔を離れたようである。
魔塔を離れる際に妻であった魔法使いとは離縁。
子供も妻の方に引き取られた。
その後アカデミーからのスカウトでアカデミーの教授になった。
ホーンドも意外と外出が出来る立場にある。
魔法を教える、あるいは魔法のために必要なものは特殊なものも多い。
誰かに任せて買ってきてもらうのではなく自分で買いに行くこともあるので外に出ることがあるようだった。