ご学友1
人があまり好きではないヘカトケイではあるがアルドルトのことは気に入ったようだった。
特に空いていて教えを受けられる時でなくても邪魔にならないようならアルドルトのところに行ったりしていた。
これで安心とはいかないがアルドルトが死ぬ確率は下がったと思っていた。
「しばらくいらっしゃらないのですか?」
「夫が体調を崩してしまってね」
「大丈夫なのですか?」
「ええ、死ぬようなものじゃないわ。でもちょっと1人だと大変みたいで。本当は私も外出は簡単に出来ないのだけど学園長が許してくださって」
木で作られたトリがアリアの肩に止まってアルドルトの魔法の授業があることを教えてくれた。
だからいつものように学長室に来たのだけどそこでミチュトが次の日から少しの間いなくなることを聞いた。
結婚しているミチュトはアカデミー外の街に夫が住んでいる。
教員も用事がある時以外は外出できないのだが今回ミチュトの夫が体調を崩してしまったためにその看病としてミチュトに外出が許された。
時にこうしたこともあるだろう。
しかしアリアはざわりとした胸騒ぎを覚えた。
もし襲撃者の立場に立って考えるならいつもいる秘書のミチュトがいないということは大きなチャンスとなる。
わずかな隙を狙ってもミチュトがいつ来るか分からず、ミチュト自身も魔法を使えることを考えるにミチュトがいないタイミングは襲うのにちょうどいい。
「ミチュト先生の薬学の知識の出番ですわね」
「そうね。こうした時に役立ってくれるのはありがたいわ」
アリアはそんな不安を表情に出すこともなく笑顔を浮かべる。
アルドルトの教えを受けて魔法を練習した。
今日は他に授業はないので寮の部屋に戻ってのんびりしようと思っていた。
「アリア・エルダンだね?」
散歩にもいい穏やかな中庭を歩いてあると声をかけられた。
ほうきを持ち、枯れ葉を集めている清掃員のお爺さんであった。
「これを」
キョロキョロと周りを見回して人がいないことを確認した清掃員のお爺さんは懐から封筒を取り出した。
「ありがとうございます」
一瞬なんだろうと身構えたアリアだったが封筒の紋章を見てすぐにそれがなんなのか気がついた。
アリアは封筒をサッと受け取ると手に持っていた教科書に挟み込んで隠す。
封筒を受け取ったら後は他人。
余計な言葉を交わすこともなくアリアは清掃員のお爺さんから離れる。
「アリア」
運命のイタズラとでも言うのか。
清掃員のお爺さんとの短い接触がほんの少しだけアリアの足を止めさせた。
そのせいでアリアはたまたま中庭に出てきたカールソンと鉢合ってしまった。
カールソンが笑顔を浮かべている。
一緒にいたカールソンの友人たちは夏に雪でも見たような顔をしてカールソンのことを見ていた。
「マジかよ……」
「噂、本当だったのかもな」
時に口の端を上げたような笑みを一瞬だけ浮かべることはあっても笑顔であるなんて光景は友人たちも見たことがなかった。
それなのにあのカールソンが笑顔で女の子に話しかけているとなれば今すぐ雨が降ってもおかしくない事態である。
「カールソン」
面倒ではあるが一応他人の目もあるので軽く笑顔で対応しておく。
それに以前はあまり気に入らなかったが今はそんなに嫌悪してもいない。
「今日はユーケーンに?」
「いえ、このまま部屋に帰ってお休みしようかと」
「そうか……なら夕食でも一緒に……」
「なーあ、紹介してくれよ!」
カールソンがほんの少し勇気を出そうとしているところ、1人の男子生徒がカールソンの肩に手を回した。
明るめの赤毛、アリアに興味あるのからんらんと輝く瞳は好奇心の強さを表しているようだった。
「こんな可愛い子……いでででで!」
カールソンは無の表情で男子生徒の頬を引っ張った。
「ジーカー! だからやめとけって言ったのに」
「でもよデレク、こうしないとこいつ俺たちのことほっといた挙句何の説明もしないつもりだぜ!」
ジーカーというのが赤毛の男子生徒の名前らしい。
引っ張られた頬を撫で、カールソンのことを指差して抗議する様をカールソン自身は冷たい目で見ている。
もう1人のカールソンのお友達デレクが盛大にため息をつきながら近づいてくる。
こちらはメガネをかけた男の子で緑っぽい毛の色をしている。
カールソンはジーカーとデレクを置いて、アリアと話すだけ話して用が済めば何の説明もなくまた合流してくることだろうとジーカーは思っていた。
普段笑いもしないカールソンを笑顔にするお嬢さんを是非とも紹介してほしいジーカーとしてはこのまま黙ってみているだけなんて出来なかった。
「俺はジーカー・ノースアイズだ。よければお嬢様のお名前を……」
「もう知っているだろう」
アリアの手を取ろうとしたジーカーの手をカールソンが掴む。
触れたら殺すとカールソンの目が言っていてジーカーはとたんに冷や汗をかく。
「僕はデレク・カミカンダスです。アリア・エルダン嬢ですね?」
「ええ、アリア・エルダンと申します。よろしくお願いいたします」
教科書を持っている都合上スカートを摘み上げられはしないので軽くお辞儀で応える。