ライバル、師匠、驚き2
なのにアリアに負けた。
完敗。
実力の差は明らかでエーキュも認めざるを得なかった。
悔しくて、悔しくて。
エルダンといえば大きな貴族でアリアはお嬢様で負けるわけにはいかないと思ったのにとエーキュの涙は止まらない。
「こちらお使いください」
「そんなのいらない!」
アリアが差し出したハンカチをエーキュが手で叩いて落とす。
「同情なんて……!」
「エーキュ嬢、不合格です」
「えっ……」
エーキュが弾いたハンカチを拾ってアリアに渡しながらキュミリアが冷たい目をエーキュに向けた。
「な、なんでですか!
負けたからですか!」
「これはあくまでテストだ。
勝ち負けは関係ない」
「ならどうしてなんですか!」
「その態度の悪さだ」
「エルダン嬢にたてついたからですか?
だから私は不合格にされるんですか!」
アリアを指名した時点で不合格は決まっていたのだとエーキュは激昂する。
エーキュの実力ではなくアリアを指名するという行為で落とされたのだと思ったのだ。
「ある意味ではそうだけどそうじゃない」
「どういうことなんですか!」
「君のその態度だと言っているだろう」
「訳がわかりません!」
「ただ強くなりたいだけなら他に行くといい。
ここはあくまでも強さを求めて切磋琢磨するための場だ。
相手のことを尊重できないのならここにいる資格はない」
キュミリアが問題視したのはエーキュの態度だった。
泣いてもいい、悔しくてもいい。
けれどそれを良いことに相手を尊重もせずに八つ当たりのように感情をぶつけてはよくない。
負けを認め相手を認めて尊重し合える関係にあって切磋琢磨も出来るというものだ。
泣き出したエーキュを気遣ったアリアに対してエーキュの取った態度はあまりにも身勝手なものだった。
これでは実力があったとしてもユーケーンとしては受け入れられない。
「そんな……」
「実力は素晴らしい。
きっと他のクラブでも受け入れてくれるだろう」
「まっ、待ってくてください……」
「ダメだ」
またエーキュの目に涙が浮かぶ。
「お待ちください、キュミリア先輩」
「アリア嬢、なんですか?」
「たった一度の戦いでエーキュさんを評価してしまうのはもったいないと思いますわ」
アリアがエーキュとキュミリアの間に割り込む。
「……僕の判断に口を挟むのですか?」
「あら、判断はみなさんで行うのでしょう?
それに悔しくて飲み込むのに時間がかかることだってキュミリア先輩にもありませんか?」
キュミリアが険しい顔をしてもアリアは一歩も引くことがない。
「エルダン嬢……」
アリアに対して不愉快にさせるような態度を取ったのにどうしてアリアは自分を庇ってくれようとしてくれるのだとエーキュはただアリアの背中を見ていた。
「はっはっはっ、話は聞かせてもらったよ!」
引かなさそうなアリアにどうしたものかとキュミリアが思っていると訓練場に女性が入ってきた。
ピリついた空気を切り裂くように高笑いをしながら入ってきた人を見てアリアはゲッと嫌そうな顔をした。
「せ、先生!
あの、その人は……というか、顔どうしたんですか!」
後ろに顔を腫らした男性を連れたその人はヘカトケイであった。
アリアのオーラの師匠であり少し前に姿を消したはずの自由人。
そしてヘカトケイが連れているのはユーケーンの顧問であるアカデミーの先生であった。
なぜか顔が腫れていてキュミリアはそんな顧問の姿に驚いていた。
「えーと、こちらは特別顧問の先生になる」
「と、特別顧問ですか?」
初めて聞く肩書きにキュミリアを始めとしてユーケーンのクラブ生たちに動揺が広がる。
「そうだ。
ええと自己紹介をお願いします……」
「ふふ、ヘカトケイだ。
私は好きな時に来て好きな時にお前たちに指導してやる。
安心しな、学園長の許可は取ってあるから」
「少なくとも……実力は確かだ」
「あぁ……」
顔の腫れはヘカトケイにやられたのだなとアリアは目を細めた。
きっと特別顧問の件もアカデミーからヘカトケイに話したのではない。
ヘカトケイがそうしたような要求をして、拒否をした顧問の先生と戦いでもしたのだろう。
結果的にボコボコにやられて特別顧問なる聞きなれない役職ができたのだ。
アルドルトの許可も得ているらしいがアルドルトなら許可しそうだとアリアは思った。
「ともかく話は聞かせてもらった。
確かに態度は悪い。
だがそんなもの矯正してやればいいのさ」
「ですが……」
「おや?
特別顧問の意見は尊重してはくれないのかい?」
「そ、そんなことはありませんが……」
キュミリアが困ったように顧問の方を見るが顧問はゆっくりと横に首を振った。
「いい反骨心じゃないか。
今指摘されたことで反省もしてるだろうよ。
それでも直らないようならその時は除名すればいいさ」
「……分かりました。
エーキュ嬢、あなたを合格とします」
「本当ですか?」
「ああ、ただしまたあのような態度を取ったらその時はユーケーンから出て行ってもらう」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うべきは僕じゃないよ」
「……エルダン嬢、ありがとうございます!」
エーキュはアリアの方を向くと深々と頭を下げた。
頭を下げる前に見えたその目には先ほどのような敵対的な色は見られなかった。