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悪のやり方、子を救う5

「ちょっと先生は席を外していただけます?」


「……はい」


 自信が打ち砕かれたような思いがしながらトボトボとイングラッドは部屋を出て行く。


「期待はずれもいいところ……」


「申し訳……ありません」


「なぜあなたが謝ることがあるのかしら?


 シェカルテ、あなたではなくてイングラッドが無能なのよ」


「ですがイングラッド様も優秀なお医者様で……それでも原因も分からないとなると」


「お姉ちゃん……」


 こんなことならせめてカインがいないところで結果を聞けばよかった。

 治療がなされなければすぐに気づくことにはなるから変わらないだろうけど。


「ホント失敗でしたわ」


「すいません……」


「あなたのことじゃなくて、あのヤブ医者をわざわざ脅さないでさっさと私が出向けばよかったということですわ」


「どういうことですか?」


「あなたの弟……私が治して差し上げますわ」


「えっ?」


 アリアは笑みを浮かべている。


「カイン、あなたの病気は病気ではありませんわ」


「どういうことですか、お嬢様?」


 もはやシェカルテはアリアがカインを治せることを疑ってはいない。

 変貌してからのアリアが口に来ることにくだらないウソなんかなかった。


 分からないことは分からないと言い、確証のないことはそうちゃんと言ってくれる。

 けれど今のアリアは治すと言い切った。


 つまりアリアにはこの病気がなんなのか分かっていて治せるという確証があるのだ。

 治せるなら何でもいい。


「それ以上近寄ったらまた叩きますわよ?」


 今にも靴を舐めそうなぐらいに迫ってくるシェカルテに渋い顔をする。

 もちろんアリアにはカインを治すことができる手段があった。


「カイン?」


「な、何でしょうか、お姉さん」


 長時間の診察で再び熱が上がって苦しそうなカインのアゴを指先で優しく持ち上げる。

 熱を帯びて肩を息をしている様も悪くはないが病弱な男子よりも健康な人の方がアリアは好ましい。


「もし健康になれるとして……いや、それどころかもっと大きな力を持てるのに私の協力が必要であるとしたらあなたは何を差し出すかしら?」


「なっ、お嬢様!」


「黙りなさい。


 これは私とカインの話よ」


 熱に浮かされた子供に対して何を言わせたいのか。

 止めに入ろうとしたシェカルテをアリアは冷たい目で睨みつける。


 それだけで体がびくりと震えてシェカルテは固まってしまった。


「お、お姉さん……」


「カイン?


 あなたは健康と力のために何を私に差し出すのかしら?」


 カインに視線を戻した。

 熱に浮かされ涙ぐんだカインの視界にはアリアの姿はわずかにボヤけて、窓から差し込む光を浴びて神々しさすら思わせた。


 女神がいるならきっとこのような姿をしているのだろうとカインの心は奪われた。


「ぜ、全部を差し上げます……


 お姉さんに、全部」


 一度吐き出された言葉は重い。

 時には全ての言葉に重さを感じない人もいるが言ってしまったこと、約束してしまったことに不思議なぐらい拘束される人もいる。


 言質は取った。

 シェカルテの目から見るとアリアは妖しく笑っていたがカインの目には女神が微笑んでくれたようにすら見えていた。


「そう、じゃああなたは私のモノ。


 私のモノがただ壊れていくのを見ている趣味はないですわ」


 アリアはカインのアゴから指を落とすとカインの胸に手のひらを当てた。


「いいかしら、逆らわず、流れを感じてコントロールしなさい」


「どういう、ことですか?」


「感じれば分かるわ」


 アリアの体から赤いオーラが溢れ出し、カインの体に流れ始めた。


「うぅっ!」


「お嬢様……なにを!」


「今邪魔するとカインが死にますわよ!」


 いつになく真剣な顔をしているアリアの叱責にシェカルテは伸ばしかけた手を引っ込めた。


「感じなさい。


 自分の中に私が流しているのと似た力があるはずですわ。


 それを捉えて、私がするように動かしなさい」


 カインはアリアの手から体の中に熱いものが流れ込んでくるのを感じていた。

 全身の毛が逆立つような強いエネルギーを感じて胸がひどく締め付けられる。


 そのエネルギーがゆっくりと体を回るように動き出して指先から足の先、毛の先まで感覚が鋭敏に研ぎ澄まされたような奇妙さに包まれていた。

 くわんくわんとアリアの声が頭の中に響いてカインは顔を歪めながらアリアの言葉通りにしようとした。


 こんな力強いエネルギーなんかが自分の中にあるはずがない。

 だけどカインは必死にそのエネルギーを探して、感じようとした。


 その時、お腹の奥に何かがあることに気がついた。

 それが何なのか分からないけれどまるでアリアから流し込まれるエネルギーに反発するようなそれに気づいた瞬間、全身にアリアのものとは別のエネルギーが広がっていった。


 体の外に出ていきそうになったエネルギーをアリアのエネルギーが蓋をするようにカインの中に閉じ込める。


「そう……それでいいのよ。


 ただそれを感じるだけではなくコントロールするの。


 コントロールして体の中を巡らせるように……そう」


 苦しそうにするカインは汗をかいているがアリアもいつの間にか滝のような汗を流していた。

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