クラブ勧誘3
「第二王子……」
貴族の顔に疎いトゥージュでも知っているその男子生徒はこの国の2番目の王子エラン・フォン・ガルジェンダインであった。
堂々としていていかにも王子様というオーラを放っている。
みんなエランにお近づきになろうと声をかけようとしているが周りにいる他の生徒が近づこうとしている生徒をブロックしている。
王子も別に食堂で食事をしないわけじゃない。
けれど混雑や騒ぎを避けるために一部の生徒は自室で食事を取ることがある。
エランの場合自室で食事を取るのであまり食堂には姿を現さなかった。
来ないでほしいと願うアリアの思いも虚しくエランは笑顔を振り撒きながらアリアの方に近づいていく。
何かが変わるわけではない。
けれど見ていられなくてアリアはスッと視線を正面に戻してエランを見ないようにした。
自分の後ろに人の気配が立っている。
こんな時ばかり訓練して敏感になった感覚が恨めしいと思う。
「アリア・エルダン嬢」
「……」
「アリア・エルダン嬢?」
「……はぁ。
この国の太陽の子、第二王子にご挨拶申し上げます。
アリア・エルダンと申します」
周りの目もあるし無視するわけにもいかない。
エランの顔を原型がなくなるまでぶん殴りたい気持ちをどうにか落ち着けてアリアは立ち上がる。
精一杯の笑顔を浮かべてお淑やかにお辞儀をする。
「どうやら僕のことは知ってくれているようだね?
でも改めて挨拶しよう。
エラン・フォン・ガルジェンダイン。
存じている通り第二王子だ。
よろしく頼むよ」
キラリと歯を見せて笑うエランに様子をうかがっていた女生徒たちが赤面する。
エランも顔は良い。
爽やかなカッコよさがあって回帰前も人気の高い男性の1人だった。
しかしアリアはそんな面に騙されるつもりはない。
エランはアリアを見てくれたことはなかった。
いかに努力をして、いかに寄り添おうとしてもエランの目にアリアが映っていたことなど一度たりともなかったのである。
浅はかな第二王子はケルフィリア教の策略に落ちてアリアのことを処刑までした。
それどころかエランに刺された胸の痛みは忘れたことなどない。
少なくともここでエランを殺せばアリアは終わるだろうが国の方はケルフィリア教の手に落ちることはないかもしれないとまで考える。
「わざわざ王子様にご挨拶いただきまして嬉しいですわ」
嬉しくなんかないけれど邪険な態度を取るのは明らかに不自然なので笑顔はキープ。
「今日は君に会いにきた」
「光栄でございますわ。
一体どのようなご用事がありまして?」
「勧誘だ。
君を栄光あるクイッカンイールに誘おうと思ってね」
食堂にさらなるざわつきが広がった。
実にタイムリーな話題である。
クイッカンイールとはクラブの名前である。
趣味クラブではなく社交クラブの1つで限られた貴族子息しか加入を認められない超がつくほどの上流階級専用クラブである。
回帰前のアリアはそんなところに誘われなかった。
どうしてそんなところにアリアを誘うのか思考する。
こんな変化の理由、それはノラが原因ではないかとアリアは思う。
アリアはノラと接触した。
過程はどうあれアリア、あるいはエルダン家が第三王子の勢力に接近したように見えることだろう。
そうなった時にいい顔をしないのは第二王子の勢力である。
中立な立場を保っていたエルダンが第三王子を支援することになれば勢力は大きく変わる。
さらにはアリアはカールソンとも噂になっている。
エルダンが第三王子側につけばカンバーレンドもという可能性まで出てきた。
焦るだろう。
支持基盤の弱い第三王子に中立を保ってきた大きな貴族が付くことはあってはならないことである。
だからアリアに接触してきたのだと思った。
さらにはクラブに勧誘してアリアを引き込み、自分の勢力にエルダンをそのまま飲み込もうとしている意図が透けて見える。
「クイッカンイールに入ることは誰でも出来ることじゃない。
こうして誘われることも非常に光栄なことだ」
まるで周りに聞かせるように声高にエランはアリアに誘い文句をぶつけてくる。
「君なら相応しい。
まだどこに入るのか決めていないのならクイッカンイールに是非とも来てほしい」
また面倒なことをしてくれる。
アリアは内心で盛大に舌打ちした。
断るにも承諾するにも角が立つ。
これほど多くの人の前で誘われたのに断ればあっという間に話は広まることだろう。
第二王子の誘いなので失礼だとか大きな批判を呼び、第二王子派閥からおそらく敵対視されてしまう。
そのうち敵としてぶっ潰すつもりなので構わないと言えば構わないのであるが今はまだ敵対するには早すぎる。
だからといって承諾するのも問題が多い。
クイッカンイールに入れば利益は多いだろう。
貴族の中でも力を持つ家門の子息たちと交流を持つことができる。
一部のクラブには利権があって課外活動などと称して単位をもらえるものまであってクイッカンイールはほとんどなんの活動をしなくともそうした権利を受けることができるのだ。