悪のやり方、子を救う4
「粗末な家ですが……」
「屋根があるだけマシですわ」
「……あれ、お姉ちゃん?」
確かにお世辞にも綺麗と言えない家。
しかしアリアは平気な顔をして中に入る。
中に入ると男の子の声がした。
まだ声変わり前の幼さも感じさせる声。
「カイン、ただいま」
「お姉ちゃん!
今日は早い……お、お客さんだ。
ええと、その……」
衝撃。
「私の弟のカインです。
カイン、こちらお客様で私がお仕えするお嬢様とお医者様です」
「は、はじめまして!
かかか、カインです!」
ペコリと頭を下げるカイン。
「え、これ本当にあなたの弟ですの?」
「そうですが……」
まるでキラキラと星が見えるような顔面。
カインはイケメンだった。
もっと鼻でもたらしたようなクソガキを思い描いていたアリアは面くらってしまった。
まだまだ幼い顔しているが非常に整っていてもうすでに将来を約束されたような甘い顔をしている。
一瞬シェカルテとの血の繋がりを疑ったがよく見るとシェカルテも別に顔は悪くない。
どことなく似てはいるしシェカルテを数倍良くして男にしたらこんな感じになるかもしれない。
「それより寝てなきゃダメじゃない」
「ごめんなさい。
喉が渇いて」
ちゃんと謝れているし素直そうな良い子。
「お嬢様はああいうお顔がお好みですか?」
ジッとカインを見つめているアリア。
その様子を見てイングラッドはニヤリと笑う。
多少厳しくはなったがそれでも人の子。
良い顔面を見れば見惚れることもあるのだろう。
「はあっ?」
「いや……軽率な発言でした……」
瞬間的に呆れ返って低めの声が出てしまったアリア。
年下の少女に期待した反応ではなくイングラッドは顔をひきつらせて気まずそうに顔を逸らした。
「チッ、まあ顔は悪くないわね。
でもなんの能力もないハナタレ坊ちゃんに興味はありませんわ」
あれだけ顔がいいなら利用する方法はありそう。
いや、それにカインは顔だけではないとアリアは見てはいた。
でも今のところ体が弱い使い道のないガキ。
どっかのマダムに売りつければ多少は金になるかもしれない。
「そんな軽口叩いておきまして病名も分かりませんでしたら怒りますわよ?」
「今時病名も分からない方が珍しいですよ」
「そのような大口叩いていましてよろしくて?」
「ふふっ、私だって一人前の医者ですよ?」
「でしたら賭けを致しましょうか?」
「賭けですって?
何を賭けるというのですか?」
「もし先生があの子を治すことができなかったら3年間私の言うことを聞いていただけますか?」
「何ですって?」
「あら、それともたかが子供の不調を治す自信がなくて?」
「む……」
見えすいた挑発。
しかしその目的が分からない。
アリアがイングラッドをコントロールしようとしていることは分かっているからこの賭けにも目的があるはずだとイングラッドは睨んでいる。
どう見たって医者である自分が勝てる賭けだからそこの先に求めるものはなんだ。
「もちろん治せるでしょう。
私が勝ったらどうするつもりですか?」
「正式に謝罪いたしまして、もう2度と先生のことを卑劣な手で脅すことはいたしませんと誓いますわ」
やはり目的が見えない。
もしかしたらアリアはシェカルテのために必死で、致し方なく自分を脅して、それを謝罪したかったのかもしれないと思った。
だとしたら可愛らしいことじゃないか。
素直に謝ることができなくてこうした賭けを提案してきたのだ。
アリアの意を汲み取ったりとイングラッドは口元が緩む。
しかしイングラッドは気づいていない。
そんなイングラッドを見てアリアもニヤリと笑っていることに。
「ふっ、それでは診療を始めていきましょうか」
カインをベッドに戻してイングラッドがカインの体を診察していく。
目や喉、脈を見たり細かな体調についての質問をしたりとこうしてみるとちゃんとお医者様だ。
ちょっと採血して薬剤と混ぜて反応を見たりもしてシェカルテの期待は否が応でも上がっていく。
「…………これは」
全ての検査を終えてイングラッドはとても焦っていた。
なぜならカインの病気の特定ができないからだ。
何が原因としてその症状が起きているのか確定的なことが言えない。
ここに来てアリアが賭けをした目的が分かった。
アリアには分かっていたのだ。
イングラッドがカインの病気を特定することができないということを。
適当なことを言ってこの場を濁すことはもちろん出来るがそんなことは医者としてやっちゃいけない。
それにアリアがそんな賭けを出してきたということは何の病気なのか分かっているということだ。
適当なことを言えばそれこそアリアの思う壺になるかもしれない。
暑くもないのにイングラッドは汗が噴き出してきた。
可愛い賭けだと思ったのにその実イングラッドは口を開けたドラゴンに自ら足を突っ込んだようなものだった。
「先生!
どうなんですか!」
結果が知りたいシェカルテの容赦ない追及に首を絞められる思いのイングラッド。
必死にこの病状に思い当たるものはないかと頭の中をひっくり返してみるけれどどれも当てはまるところ、当てはまらないところがあってこれと言えない。
「……申し訳ありません。
私にも、何の病気なのか」
覚悟をしたように顔を上げたイングラッド。
シェカルテはひどくショックを受けたような顔をして唇を噛み締めて涙を堪え、アリアはひどく冷たい目でイングラッドを見つめていた。