クラブ勧誘1
10日間のお試し授業の期間が終わって本格的にアカデミーの生活が始まった。
みんなで未だにアカデミーには慣れなくて迷子になったり移動の時間の計算が上手くできていなくて遅刻したりなんてことも起きている。
それでも新しい生活に対してキラキラとした雰囲気が最も高まっている時期でもあった。
「基礎数学の先生思ったよりも優しそうでよかったね」
やや特殊な授業を受けたりもするけれどアリアだって普通の授業も受けている。
そうした授業ではパメラとトゥージュと一緒だったりする。
今日も授業を受けて一緒に食堂にやってきた。
料理は自分で注文して自分で席まで運んでいくようになっている。
最初は自分のところまで運んでこい、給仕しろなんていうバカ貴族もいたけれど10日も経てばそんなわがままを言ったところで通じないと気付く。
一部の有力な貴族では自分よりも下の家門の子に料理を持ってこさせる子もいるので悔しかったらそうするしかない。
「アリアさんは基礎剣術を特別合格なされたんですよね?」
「そうですわ。
良くご存じで」
「へへ、噂になっていますよ。
男子でもなく女子が剣術で特別合格もらったって。
聞いたところによるとアリアさんのお兄様も特別合格だったから今後の剣術名家はエルダンじゃないかなんて言っている人もいましたよ」
アリアが基礎剣術の授業を特別合格したことは噂になっていた。
滅多に出ない特別合格が出ただけでも多少の噂にはなる。
それがさらに女子であるアリアが剣術の授業で特別合格となったのだから噂になっても同然だった。
「あれでしょ、トゥージュの想い人から聞いたんでしょー?」
「にゃ!?
そそそ、それは!」
「ああ、なるほど」
「ア、アリアさんまでなんですか、その顔!」
回帰前トゥージュと結婚したのはトゥージュの幼馴染の男性だった。
トゥージュと同い年でアカデミーに入学したのもトゥージュを守るために親に頼み込んで入れてもらったのだと回帰前にはトゥージュから聞いた。
実はトゥージュの幼馴染も基礎剣術の授業にいた。
トゥージュが噂を聞いた相手こそその幼馴染であったのである。
「赤くなっちゃって可愛い!」
「も、もう!
パメラさんこそ口の端についてますよ……」
顔を赤くしたトゥージュの頬をパメラが指でつついた。
トゥージュはハンカチを取り出すとパメラの口の端を拭ってあげる。
「ふふ、ありがと」
「私とクロードはまだそうした関係じゃ……」
「まだ、でしょ?」
「ううぬぅ……」
耳まで真っ赤になってトゥージュがうつむく。
回帰前の経験からトゥージュと幼馴染のクロードの思いを知っているアリアからすれば早くくっつけばよろしいものをと思わざるを得ない。
「人の恋路もいいけど自分のものもね……」
初々しい雰囲気のトゥージュを見てパメラがため息をつく。
貴族であれば幼い時から婚約者がいるということも珍しくはない。
パメラだって大きな商人貴族の娘なのだからそうした存在がいてもおかしくない。
「私にもそうした相手いたんだよ?
悪い子じゃなかったけど……」
悪かったのはその親だった。
大きな力を持つパメラの家門と繋がったことを傘にきて婚約者の家門は調子に乗ってしまった。
結局詐欺まがいの手段に手を出してパメラの祖父である現スキャナーズ当主の逆鱗に触れた。
お家取り潰しとなって一家はスキャナーズの力が及ぶところでは生活できなくなった。
当然婚約関係は解消。
以来婚約的な話は一切浮かんでこなくなった。
お家取り潰しなどひどい話のように聞こえるがやっていたことが犯罪なので貴族の立場を捨てれば捕まらないと配慮しただけ優しさがあるのだ。
「お爺様はそれ以降私に近づく男性には非常に厳しくなって、チェックの目がついて……」
パメラは深いため息をついた。
別に誰かと恋愛しようと思って接していなくてもチェックが入り、何かしたのかスッといなくなってしまう。
これでは相手を知ることすらできないのだ。
「愛されているのですね」
「都合よく解釈すればね」
「アリアさんには婚約者は?」
「私にもおりませんわ」
生まれた時から貴族のエルダン家ではなかった。
そのために決められた婚約者なんてものはいない。
縁談の申し込みも来ていたけれどそれらはゴラックが全て遮断してくれた。
「あれ?
でもアリアってその……」
「何かしら?」
「カールソン・カンバーレンドと婚約関係だって……」
その噂も未だに根強くささやかれている。
どちらの家も特に否定もしないものだから噂ばかりが一人歩きしている。
でもどちらの家も肯定だってしていないのである。
「カールソンとは婚約関係にはなくってよ」
「そうなんですか?
入学式の時もカールソンさんの方から話しかけて……」
さらには周りの女子が倒れてしまいそうな笑顔を浮かべていたとか。
そこまではパメラも言葉を飲み込んだ。
今だってカールソンのことを呼び捨てにしている。
婚約関係にはなくても親しい関係にはありそうだとパメラは料理をもぐもぐしながら思う。
「私にも色々そのような話がありますの。
それをたまたま噂が出たから向こうがご好意で否定しないことでわずらわしい話を遠ざけてくださったのですわ」
「なるほど……なるほど?」
確かに縁談の話はうざったらしいとパメラはうなづくがそのために婚姻関係があるかもしれないと噂を流しっぱなしにするのはリスクが大きい。