毒にも薬にも1
錬金術などというがほとんど薬学、あるいは薬草学と言い換えてもいい。
授業のほとんどが薬草の知識を覚えるか、覚えた薬草を組み合わせて薬を作るのである。
それのどこが錬金術なのだと思うのだが錬金術は物質を知ることから始まるのである。
「相変わらず少ないですわね」
基礎錬金術の教室は広い教室を使う。
なぜなら薬を作るからであり、匂いやケムリが充満してしまうことの回避や薬を作るための器具も多少場所を取るので広めの教室となっている。
そのせいもあって基礎錬金術の教室はがらんとしている。
狭い教室であってもおそらく広いなと思うぐらいには人がいない。
今現在は授業の体験時期で気になる授業があればお試して受けてみることができる。
なのにこの人気のなさである。
だが人気のなさが故にアリアは回帰前この授業を受けたのである。
エルダンの離れの屋敷に閉じこもってばかりもいられなくてアカデミーに逃げるように入学したアリア。
けれどまだまだ貴族としての常識もなく性格も暗かったアリアには友達もなかなかできなかった。
人が多いきらびやかな授業は取る気になれなくて人のいなさそうな授業を選んで取った。
そのせいである種の地獄を見ることになるのだけど興味深い授業もあった。
その中でもこの基礎錬金術、あるいはそれに続く錬金術の授業はアリアの中でも思い出深いものである。
教室に教授が入ってきた。
ヨレヨレの白衣、厚めのレンズの眼鏡をかけて、ボサボサの髪の毛の中年男性教授。
「デルトロ・カシュディンだ」
人が少ないことにも驚いた様子もなくデルトロは教室を見回した。
一瞬アリア見て視線が止まったけれどすぐにまた他の生徒に移っていった。
「……お久しぶりですね、デルトロ教授」
アリアはポツリと懐かしそうに呟いた。
錬金術の授業は人がいないという理由だけで続けるにはキツイものであった。
なのに授業を受け続けることができたのはデルトロのおかげであった。
「さて……早速だがここにドーチャの葉がある。
誰か口にしてみる勇気のある奴はいないか?」
デルトロが持っていた袋の中から小さな葉っぱを取り出した。
ニヤリと笑って教室の生徒たちに視線を向ける。
葉っぱの名前を言われてもそれが何の葉っぱなのかみんなわからない。
それを口に入れるだなんてやりたい人がいるはずがない。
「おっ?」
アリアを除いて。
スッと手をあげたアリアにデルトロは驚いたような目を向けた。
少し悩んだような素振りを見せたがクルクルと指先で葉っぱを回してアリアの方に歩いて行った。
「思い切って口に入れて奥歯ですり潰すようにするんだ」
アリアの手に葉っぱを乗せてデルトロが微笑む。
やっぱり出来ないと言っても怒るつもりもなかったのだけどアリアはなんのためらいもなく口に葉っぱを入れて奥歯ですり潰した。
デルトロはそれにも驚く。
明らかに貴族のご令嬢なのにまさか本当に口にするだなんて思いもしなかった。
「くぅ……」
「どうだい?」
「すごく……酸っぱいです」
「そうだろう。
ドーチャの葉は非常に強い酸味を持っている。
これは実よりも強くて一部の地域では気付け薬として使うところもある。
そしてドーチャの葉には酸味で気づきにくいが弱い毒もある」
そして人気がないのはこういうところにも起因する。
色々なもののことを教えてくれて、時には実物を持ってくるのだがそれを生徒に試させたがる。
「だが安心してくれていい。
命に別状があるものではなく舌先が痺れる程度のものだ」
『毒耐性のレベルが上がりました。
毒耐性レベル0→1』
必ず誰か1人は犠牲者になる。
だからそれを嫌がって受ける人が少ないのであった。
しかしアリアはむしろそれを目的として基礎錬金術の授業を再び取ることにしたのである。
デルトロは意外とイカれた先生でもある。
生徒にお試しさせることは別にいいのだが試させるものの半分ぐらいは毒であったりするのだ。
死ぬようなものはもちろんないし解毒薬なんかも用意してくれるのだけど毒は毒。
だけどアリアは薬草や薬の試飲、試食を自ら進んで引き受ける。
それによって得られるのは教授の評価だけではない。
毒を飲めば毒に対する耐性がつく。
アリアの究極の目的は毒耐性を付けることであった。
「これを食べるといい。
治りが早くなる」
デルトロは赤い実をアリアの手に乗せた。
実を口に入れてみて舌の感覚がおかしいことにようやく気がついた。
赤い実をかじってみてもあまり何も感じない。
毒耐性を上げたいのならとてもシンプルで毒を摂取すればいい。
そうは言ってもアリアは貴族令嬢。
毒を手に入れようとすれば周りに簡単にバレてしまうことだろう。
まして自分で飲むとなったら確実に周りに止められてしまう。
あとは同じ毒ばかり飲んでも毒耐性も上がらなくなってしまう。
毒耐性を上げる方法は簡単でも実際に上げようと思えばとても大変なのである。
基礎錬金術の授業ではこのようにして自然と危険の少ない毒を摂取することができる。
授業を受けながら中毒にもなることなく毒耐性を上げられる。
授業の大変さと毒を飲むことの覚悟さえ有ればとても素晴らしい授業であると言えた。