表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/323

悪のやり方、子を救う3

「今来るそうです」


「ありがとうございます」


 門番が戻ってきて程なくして馬車も来る。

 御者をしているのはイングラッドの助手をしている男性である。


 名前の印象はないが明るくて良い人だったような記憶は小指の爪先ほどにはある。


「おや?


 お客様をお乗せに?


 あら?

 お嬢様じゃないですか」


 ヘラヘラと笑う助手。

 嫌味な感じはなくて人懐こいような笑顔なので不快感はない。


「少し行くところができました」


「分かりました。


 どちら?」


「ええと……」


 イングラッドがアリアを見る。

 患者がいることは分かったがどこに行くのかはまだ聞いていなかった。


「エルマダ街の方に」


 代わりにシェカルテが答える。

 平民階級が暮らす場所でエルマダといえばその中でも割と貧しいところになる。


 お屋敷がある貴族の暮らす場所からは少し遠い。

 弟のためにシェカルテは住み込みでなく通いで毎朝毎夜歩いて屋敷まで来ている。


 なんの感情もなく大変だなとだけ思う。


「エルマダですね。


 承知しました」


「どうぞ手を……そうですか」


 貴婦人が馬車に乗るのだ、イングラッドはアリアに手を差し出した。

 しかしアリアは全く目も向けずに馬車に1人乗り込み、イングラッドは空中を彷徨わせた手を軽く握って小さくため息をついた。


 アリアの横にシェカルテが座り、それに対面するようにイングラッドが座る。

 黙したまま窓の外を興味なさげに眺めるアリアの横顔を見て改めてイングラッドはアリアが本当にアリアなのか疑問に思えてきた。


 常に自信なさげで触れれば壊れてしまいそうな少女だったのに今は触れればこちらが傷ついてしまいそうな雰囲気すらある。

 仕えている使用人もまるで別人だ。


 以前体調が悪いと呼びに来た時は面倒なことをとぶつくさ文句を言っていたぐらいにアリアのことを軽んじていた。

 なのに今日は頬が赤くなるほどに打たれても文句の一つも言わない。


「あの……」


「疑問を持たれるのは勝手ですわ。


 ですがそれを知るためには代償が伴うことも知っておかねばなりませんわ、先生」


 アリアが目だけを動かして横目でイングラッドを見る。

 自分の視線を隠せているつもりなのか知らないが全然隠せていない。


 痛いほどに視線を感じて舌打ちしたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。

 アリアは全てを知る代わりに死んだ。


 知ることを望んだ情報でも知ることそのものを望んだのでもないが何かを知ることになんの代償もないことなどないのだ。

 まだ幼いと言える少女の言葉なのに妙な重みを感じさせた。


「それに疑問に答えてあげるつもりなんてありませんわ」


 誰を味方に引き込むか。

 これは大切なことである。


 どこにケルフィリア教が潜んでいるか分からない。

 シェカルテはその可能性が低そうだけど金も地位もあるイングラッドならケルフィリア教に引き込まれる可能性もないこともない。


 医者はいると便利なので仲間には欲しいが事なかれ主義だったイングラッドはアリアとしても好ましくない。

 こうして脅迫して使う程度の関係がいいところだろう。


「知りたかったら私の信頼を得ることですわ」


 ただしマイナスからのスタートみたいなイングラッドにはほぼ無理なことである。


「……分かりました」


 良いようにあしらわれた気がしないでもないが考えていることはモロバレだったので何も言い返せない。

 医者という立場を得るために長いこと師事して時間や体力を使って知識を得てきた。


 知識というものは何事も簡単には知ることができないのはイングラッドは身に染みて分かっている。

 イングラッドも頭の回転は遅い人間ではない。


 教えるつもりなどないことを遠回しに伝えたことに気がついている。

 といっても馬車の中の空気は重たい。


 まだ少しエルマダ街に着くまで時間もあるのでイングラッドはシェカルテに弟の症状について質問し始めた。

 小さい頃からシェカルテの弟は体が弱かった。


 特に体を動かすとあっという間に体調が悪くなって熱が高くなる。

 昔から何人か医者に見せてはきたのだけどどの医者も原因が分からずひとまず体をあまり動かさないことと定期的に熱が上がりすぎないようにする薬を飲んでいた。


 そして数年前、不幸なことにシェカルテの両親は事故で亡くなってしまった。

 その時にはすでにシェカルテは屋敷でメイドとして働いていたのでなんとかシェカルテが診療と薬の代金を捻出していた。


 しかし医者の代金など安くない。

 弟が熱を出す感覚も短くなり、その度に効果の高い解熱剤を必要とした。


 みるみる間に生活に余裕がなくなり、そのためにアリアのお金や宝飾品に手を出したのであった。

 見た目上質素な生活をしているのではなくて本当に質素な生活を送っていた。


 それでストレスでアリアに当たっていたなんてポソリと告白した。


 だから?


 とアリアは思った。

 やった方は告白してスッキリするかもしれないけどやられた方は忘れない。


 どんな事情があれそれを許す気にはならない。

 思わぬ告白話に飛んでイングラッドが気まずそうな顔を浮かべているとエルマダ街についた。


 シェカルテの指示に従って道を進み、一軒の小さな家にたどり着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ