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兄への大恩3

「そうしたいと思いますわ。

 でも、もう巻き込まれてしまっていて、逃げることはできないのです」


 回帰前のアリアは普通の人生を望んだ。

 逃げ出して、全てを捨てても結局はケルフィリア教に利用されて普通の人生すら歩むことができなかった。


「……ささやかな幸せでも得るためには戦わねばなりませんの。

 敵を討ち、ケルフィリア教を倒さねば平穏は訪れない」


「アリア……」


 何が君をそうさせるんだ。

 口に出したかったけれどアリアはあまりにも悲しい顔をしていた。


 触れてしまえば壊れそうなほどに弱々しく見えてゴラックは言葉を飲み込むしかなかった。

 まだ幼さの残るアリアがこの悲痛な決意に至るに何があったのか。


 両親を失った痛みか、ケルフィリア教に引き込まれそうになったことなのか、あるいはそれら全てなのか。

 ゴラックには想像もできなかった。


「……私は卑怯者なのだ」


「おじ様?」


「姉さんも含めたみんなは私と兄さんの関係は良くないと思っている。

 しかし私は兄さんに感謝しているんだ」


 ポツリと話し出したゴラック。

 どこか遠くを見つめるようなその目は亡きイェーガーを見つめていた。


 アリアもゴラックと兄であるイェーガーの関係は良くなかったのだと思っていた。

 だから回帰前には冷たくされて、結局ゴラックとはほとんど関係を築くこともなかったのだと。


「私たちの父……アリアにとっては祖父にあたる人は厳しい人だった。

 それでも兄さんは優秀で、父の期待に応える人だった。


 私も努力したよ。

 でも兄さんは超えられないし、それでもよかった」


 ゴラックは目を閉じて当時のことを思い起こす。


「父は私と兄さんを競わせようとした。

 互いに切磋琢磨させようとしたのだろうけどいつしか私は兄さんを超えることを目標にしていた。


 憧れのような気持ちもあったのかもしれない」


 優しく笑い、褒めてくれ、頭を撫でてくれる。

 なかなか褒めてくれない父の代わりにイェーガーはゴラックの事をよく見てくれていた。


「純粋に追いつきたいような気持ちは気づいたら嫉妬心のようなものに変わっていたのだ。

 超えねばならぬ、倒さねばならぬと歪んだ思いになっていた。


 だけど兄さんの方が優秀で私は追いつけなかった。

 そのような焦燥の中でいつ頃からか当主になりたいと思うようになった。


 当主になれば兄さんを超えた。

 そして兄さんに超えられることのない地位を手に入れたことになると考えたのだ」


 ゴラックの独白をアリアはジッと聞いている。


「焦り、嫉妬に狂い、私はおかしくなりそうだった。

 今考えればもっと他の道があった。


 兄さんと仲良くすることもできたし自分が望む姿にもなれるはずだったのに当時は曇ったように何も見えていなかったんだ。

 きっと兄さんはそんな私の心情も察してくれていたんだ。


 義姉さんとのことを反対されて家を出る直前、私は兄さんと話をしたんだ」


 最後まで優しくイェーガーは微笑んでいた。

 家のことはお前に頼む。


 俺はダメな兄だったから。

 そう言って家を出たイェーガーは父親の逆鱗に触れて嫡子たる権利を剥奪されてしまった。


 でもゴラックは分かっていた。

 兄が出て行ったのはもちろんリャーダのためだ。


 しかし理由のいくらかにはゴラックのためを思ってのこともあるのだと。

 正常にものを考えられなくなっていたゴラックにどうにか家督を譲るための手段の1つとして駆け落ちを選んだのである。


 その結果イェーガーは勘当されてゴラックが家を継ぐことになった。

 周りはいきなり責任を押し付けられたゴラックのことを憐れみ、ゴラックがイェーガーを恨んでいるのだと思い込んだ。


 しかしそんなことはない。

 時間が経ちゴラックが冷静に物事を考えられるようになるにつれてイェーガーが自分を犠牲にしてまでゴラックのことを考えてくれていたことが身に染みて分かったのだ。


 取りうる手段などたくさんあったはずなのに。

 もっとイェーガーの味方でいられたら今頃はイェーガーが当主でそこにリャーダもいて、普通の人生を送るアリアもいたのかもしれない。


「私の狭い心が兄さんを家から追い出してしまったのだ。

 兄さんは私の心を助けてくれた」


 一筋の涙がゴラックの目から流れ落ちた。

 父親が亡くなり家のことも落ち着いたのでゴラックはイェーガーを探した。


 けれどそれで見つけられたのはイェーガーの訃報と残されたアリアのことだった。


「アリアを迎えた時、どうしていいのか分からなかった。

 女の子の親になったこともなければ……兄さんの恩に報いるためにはどうしたらいいのか、思いつかなかったんだ」


 ゴラックはとことんまで不器用な人だった。

 回帰前には死の間際にほんの少しだけ本音を聞くことができた。


 わだかまりの解消すら出来なかったが不器用な人であることだけはよく分かっていた。


「兄さんが成そうとしていたことの後は私が継ごう。

 そしてアリア、聞きたいことはあるが何も聞かない。


 ケルフィリア教と戦うのなら応援しよう。

 全てを投げ出してどこかでやり直したいと思う時が来たらその時にも私が責任を持って支援する」


 アリアから聞かされた話について細かく気になる点はたくさんあった。

 けれどゴラックは細かく聞き出すつもりはなかった。


 イェーガーがケルフィリア教と戦っていたのだとしたらその意思を継ごう。

 アリアがケルフィリア教と戦うのならその助けになろうと思った。


 細かいことなどどうでもいい。

 亡き兄への大きな恩を返すにはこれしかない。


「兄に誓おう。

 どんな時でも私はアリアの味方だ。


 困ったことがあったら言いなさい。

 助けが必要なら遠慮なく頼りなさい。


 このゴラック・エルダンがアリアの盾となり、剣となろう」


「……おじ様」


 回帰前、ゴラックは最後に掠れた声で済まなかったとアリアに謝った。

 その意味がずっと分からないでいたけれど今理解した。


 不器用すぎて結局何もしないということを選択したゴラックだったがアリアのことは考えてくれていたのだ。

 決して無視していたわけでも放置していたわけでもない。


 ほんの少しアリアも目を向けてみれば気づけたのかもしれない。

 だけど最後の最後までゴラックの優しさにはアリアは気付くことができなかった。


 そうしたことへの謝罪だったのだ。

 ゴラックも勇気を出して動けば何かが変わっていたかもしれない。


 死の間際にようやくアリアの思いを聞いて、自分の情けなさを思い知って謝ったのだ。


「おじ様、ありがとうございます」


 アリアは立ち上がってゴラックを抱きしめた。


「アリア、無茶だけはしないでくれ。

 兄さんにも顔向け出来なくなるし、私はもうお前を娘のように思っている」


「分かりました。

 ですが心配はケルフィリア教の方であると思っておいてください」


「……そうか」


 初めてイェーガーへの思いを誰かに打ち明けた。

 イェーガーに感謝をしている。


 ここ最近立て込んでいて重たかった胸の中が少し、いやかなり軽くなったような思いがゴラックにはあった。

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