兄への大恩3
いつかケルフィリア教がエルダンを手に入れるためにワナスを引き入れ、ソーダーンにその野望を引き継がせたのである。
一方で単に機会をうかがうだけでなくエルダン家の忠臣として信頼を得ているホード家の立場を利用して暗殺にも手を染めていた。
ワナスの時にはあまり活動はしていなかったようだがソーダーンはその息子のケニヤックに行ったように暗殺者としての教育も受けていた。
「今回の事件は波及する影響も大きいだろうな」
出されたお茶を飲み干してゴラックは深いため息をついた。
アリアがケニヤックから奪った資料の中には暗殺対象者リストもあった。
以前にでっちあげた監視対象者リストよりも数段ヤバい代物である。
その中には大物貴族やギオイル・カンバーレンドの名前まであった。
リストは監察騎士団にも渡り、暗殺の対象とされていた貴族たちは今ごろ大騒ぎで警戒していることだろう。
もはや対岸の火事とはいかなくなった。
「しかしケルフィリア教としても大問題だろうな」
直接資料からケルフィリア教の支部などの場所が分かるものはなかった。
けれど暗殺計画が漏れて貴族たちの警戒が強まった。
今すぐ計画を実行することはほとんど不可能になったと言ってもいい。
さらにはケルフィリア教の中でも神の祝福を使うことのできる司祭であるドクマまで捕らえることができた。
今のところ口は割っていないがケルフィリア教は気が気でないはずだ。
「仕事をしながら改めて話について考えた」
兄であるイェーガーと義姉であるリャーダがケルフィリア教を追いかける聖印騎士団だった。
そしてその2人はケルフィリア教にやられてしまいアリアが残され、アリアにもケルフィリア教の魔の手が伸びた。
アリアは運良くビスソラダの魔の手から生き延びてケルフィリア教を恨むようになったところで全てを知るメリンダから話を聞かされて聖印騎士団の一員となる。
カンバーレンドでのことを乗り越えて今回はソーダーンがケルフィリア教徒であることを突き止めた。
何度聞いたとしても信じがたい話である。
けれどアリアの話が本当だとすると奇妙なほどケルフィリア教に関わった事件が起きていた理由もわかる。
「アリア」
「はい、おじ様」
「……俺はお前を信じよう」
受け入れがたい話ではあるがここまでの話をでっちあげてゴラックを騙す意味がない。
むしろ騙したいならケルフィリア教とは無関係だと主張する。
それにアリアが語るだけでなくメリンダもアリアの話は本当だと後押しし、こっそりとシェカルテまで呼び出したが嘘偽りはないと真っ直ぐに返された。
「気づかなかった私の責任は大きいとはいえ、ケルフィリア教に奪われたものは多すぎる。
いかに避けようとしてもこのエルダンはもうケルフィリア教との戦いの最中にいる。
アリア、お前がケルフィリア教と戦うというのなら私が、エルダンが支援しよう。
ケルフィリア教は我々を怒らせたのだ」
アリアが隠し事をしていたにしても全ての元凶はケルフィリア教である。
ビスソラダを引き込み、ワナスを甘い言葉で敵にした。
歴史あるエルダンをここまで乱した罰は受けさせねばならない。
「今はエルダン家もかなり弱ってしまった。
だが力を取り戻し、時が来れば宣言しよう。
エルダン家はケルフィリア教を許さないと」
ゴラックの目には強い意思が宿っていた。
敵はケルフィリア教。
どこか事なかれ主義のような雰囲気もあったゴラックであったがここまでやられて黙っているわけにはいかなくなった。
エルダン家だけでなく仕えていたホード家まで崩壊してエルダンの力はかなり弱くなってしまった。
今すぐケルフィリア教と敵対することはできない。
けれど力を取り戻して準備をして再び強いエルダンとなった時にはケルフィリア教を正式に糾弾して敵対する腹づもりであった。
「おじ様……」
「だが今は聖印騎士団と協力し、アリアを支援していくことにしよう」
オーラユーザーでもあるアリアがどうしてこれほどまでの努力をしているのかも分かった。
ケルフィリア教は強大な組織である。
力を蓄えつつも今はアリアがより成長するために目立ちすぎないようにしながらもアリアを隠すカサとなる。
聡明でオーラも扱う才能もあるアリアがこのまま成長していけばケルフィリア教を倒してくれるかもしれない。
そんなこともゴラックは思った。
「アリア、待ちなさい」
メリンダが窓口となって聖印騎士団とエルダン家は協力関係になるだろう。
ゴラックの話が終わってみんな退室しようとしたところでゴラックはアリアを呼び止めた。
「なんでしょうか、おじ様」
「少しだけ話がしたい」
アリアはシェカルテに先に戻るように視線を送った。
シェカルテはその視線の意味をすぐに理解して部屋を出ていった。
「一体なんのお話でしょうか」
「……先ほどああは言ったがアリアには普通の人生を歩んでほしいと私は思っている」
少し寂しげな目をしているゴラック。
望むなら戦いの渦中に身を投じるのではなくいい相手を見つけて、幸せに暮らしてくれることが1番なのである。