神の祝福2
これなら勝てるかもしれないとソーダーンは思った。
「クッ……早く決めろ!」
ヘカトケイはソーダーンの攻撃をかわし続けている。
苛立ったように声を荒らげたドクマは苦しそうに肩で息をしている。
実は神の祝福も万能な力ではない。
ソーダーンの力はドクマの力を消耗して引き出されているものだった。
余裕ぶって戦っているような余力はドクマにはない。
「分かっている!
チッ……偉そうに言っていつまで逃げ回るつもりだ!」
速さだって格段に上がった。
なのにソーダーンはヘカトケイを捉えきれずにいた。
速度を上げればヘカトケイも速度を上げる。
強くなったはずなのにその剣が届かない。
「そうだね、そろそろ観客も集まってきたし終わりにしようか」
「なん……だと?」
ソーダーンもドクマもヘカトケイと戦うことに集中していて周りが見えていなかった。
いつまで経っても戻ってこない主役、ドクマの叫び声、雷が落ちた轟音。
人の注意を引きつけるには十分すぎる。
いつの間にか人が集まり戦いを見ていた。
ヘカトケイはソーダーンに押されていたのではない。
人が集まるのを待っていたのである。
「憐れだねぇ……仮初の力に愉悦して。
見せてあげよう、本当の力というものを」
ヘカトケイの体からオーラが溢れ出す。
ソーダーンのオーラとは違って美しく透き通る紫色のオーラ。
主人の姿を覆い隠すこともないその力強い魔力は立ち上る煙ではなく守るようにヘカトケイを包み込んでいる。
「何をしているんだ!」
駆けつけたゴラックが目撃したのは不穏なオーラをまとうソーダーンと紫色のオーラをまとってソーダーンと対峙するヘカトケイだった。
「さてこれが正当で、努力を重ねた、人の力だ」
「やめろ!」
ゴラックの声など聞こえないようにヘカトケイは一瞬でソーダーンと距離を詰めた。
振り下ろされた剣。
防ごうと振り上げられた剣。
その衝突は一瞬だった。
「安心しな。
手加減はしてやったから」
ヘカトケイは剣ごとソーダーンの腕を、そして胸を切り裂いた。
「はっ……」
切り落とされて落ちる腕を見ながらソーダーンは何が起きたか理解しようとした。
けれど何が起きたのか分からなかった。
頭が理解することを拒んでいたのかもしれない。
次の瞬間熱した金属でも押し付けられたような熱い痛みが体を襲い、万能感を与えてくれていた力が抜けていくのを感じた。
「神よ……どうして……」
自分を信仰してくれる信者がピンチの時ほど助けるべきではないか。
ゆっくりと倒れながらソーダーンは空を見上げた。
人生をかけてケルフィリアに仕えてきた。
なのにこのような最期を迎えるというのか。
与えられた力だけでなく本来自分の体にあった力までなくなってしまったように思えて剣すら持っていられなくなる。
「お答えください!
あなたは何をしているのですか!」
怒り顔のゴラックは剣を抜いてヘカトケイに詰め寄る。
アリアの護衛として来たはずなのにソーダーンを切り捨てるなんて何があったらそうなるのだと思った。
「よく見てごらん。
何があったかを」
「何を……」
「分かるはずだろう?」
「……何も分かりません!」
「そうかい?
なら言おう。
ソーダーンはケルフィリア教徒さ」
「証拠でもあるんですか!」
「見ただろ、あの濁ったオーラ。
それを引き出したのはそっちの男さ」
ヘカトケイがドクマの方を向き、つられてゴラックもドクマを見た。
肩で息をするドクマは首にクインのナイフを突きつけられていた。
「本当に、何が」
「手に持っているものを見てみな」
「あれは……まさか」
ゴラックもケルフィリア教の証は見たことがある。
それと同じ紋章。
「ゴラック……」
「姉さんも関わってるだなんて言いませんよね?」
「それは」
「あら、皆様お集まりでいかがなさいました?」
「アリア!
どこに行っていた……その血はなんだ」
そこにアリアが帰って来た。
まるで少し散歩にでも行って来たかのように軽やかに。
けれどゴラックは気がついた。
アリアのドレスの端に血がついていることを。
アリアにケガはない。
だとしたら誰の血なのか。
「…………ここまで大事になれば隠しようもありませんわね」
むしろここからはゴラックの協力があった方がいい。
「おじ様、何があったのかお話しいたします。
ですので少しだけお願いを聞いてください」
「お願いだと?
こんなところで何のお願いを……」
「後でお話ししますのでこの場はまるで知っていたかのように堂々と処理していただきたいのです」
急にアリアが遠い存在に思えた。
明らかに異様な光景なのにアリアは冷静で、何もかもを知っているようだった。
どの道この事態を収拾できるのは立場が1番上のゴラックしかいない。
「全てを話してもらうぞ」
ぶつけたい質問を全て飲み込んだ。
「屋敷を封鎖する。
誰も出すな」
ゴラックは事態の収拾を騎士に命じ始めた。
獅子身中の虫、エルダン家に潜むケルフィリア教はこれで完全に排除されることになった。