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唄え、悪を切り捨てて5

 ケニヤックだって殴られた今も何をされたのか分かっていない。


「ひょの……クソガキ!」


 口からぼたぼたと血を流しながらケニヤックはアリアを睨みつける。

 たとえ子供の力でも金属製のナックルを着けて殴られれば無事では済まない。


 アリアはスカートの中に左手を入れる。

 きらめくような白い足が一瞬見えるが怒りに飲まれているケニヤックにはそんなもの目に入っていない。


 ケニヤックを誘惑するためにそんなことをしたのではない。

 スカートから出てきたアリアの手に握られていたのは短剣だった。


「そろそろ宴も佳境……大人の社交場ならダンスでも始まる頃。

 ケニヤック様、私と踊りましょう?」


 ナイフの切っ先をケニヤックに向けて冷たく微笑む。


「ふざけるな!」


 血の混じったツバを飛ばしながら叫んでケニヤックがアリアに切りかかる。

 アリアはナックルダスターに剣の刃を当てて受け流す。


「なっ……!」


 一歩間違えれば指が切り飛ばされるようなやり方に思わずケニヤックも驚く。

 熟練者だってそんなこと滅多にやらない。


 剣を受け流した勢いを活かしてナイフを振る。

 驚きで反応が一瞬遅れたがケニヤックはなんとか体を逸らしてナイフをかわす。


 騎士をやっていてはまず相手にすることのない戦い方。

 それをまだ成人もしていないアリアがやってのけることに驚きを禁じ得ない。


 距離を取っては不利になる。

 アリアは素早くケニヤックとの距離を詰めてナックルやナイフで攻撃する。


 相手を傷つけることにためらいもない。

 ナックルやナイフがかすめて小傷が増える。


 一見してアリアが有利にも見える状況だったがわずかにアリアは焦っていた。

 本来ならナックルで与えたダメージで動揺している間に押し切るつもりだった。


 けれどケニヤックは今も動揺を抱えながらも致命的な攻撃はしっかりと防いでいる。


「くっ!」


「ふっ、所詮は小娘の浅知恵か」


 ケニヤックはわざとアリアに剣を防がせて力を加えて大きく押し戻した。

 距離があけられてしまった。


 こうなると形勢は一気に逆転する。

 ナックルやナイフでも致命傷は与えられるが加わる力は剣には及ばない。


 切りかかってくるケニヤックの剣をなんとか防ぐアリアであるが防げているのもケニヤックがアリアにさらなる手があるかもしれないと警戒して深追いしないからである。

 通常は騎士として活躍しているケニヤックは当然ながら普段は剣を練習している。


 アカデミーも卒業して、成人する年になっているケニヤックはアリアよりもはるかに剣術のレベルが高い。

 おそらく勝てるかどうかの境界線にすらないほどケニヤックの方が強い。


 もう一度距離を詰めようとするけれどケニヤックはそれを許さない。


「何か隠してる手でもあるかと思ったがもう何もないようだな!」


 隠された手がないのならこのまま切り捨てる。

 早くしないとソーダーンの方も心配である。


「死ね!

 ……えっ……」


 ギリギリところで剣を防いでアリアの体勢が崩れた。

 墓地とはいえ誰も来ないとは限らない。


 この状況を見てとっさにケニヤックに味方してくれる人の方が少ない。

 さっさと一撃で終わらせて証拠を処分する。


 剣を振り切った。

 けれどアリアは切れなかった。


 それどころか剣の先が無くなっていた。


「……何が」


「月光……」


「くふっ……」


「赤き滝が流れる」


「あっ……かっ……」


 アリアがナイフを振った。

 真っ赤な真紅のオーラに包まれたナイフを。


 奥の手はまだもちろんあったのだ。

 たとえ剣術レベルが高くても剣そのものを強化はできない。


 オーラをまとったナイフとただの剣がぶつかった時に負けるのは当然剣である。

 ケニヤックの剣を切断したアリアはそのままさらにケニヤックの喉を切り裂いた。


 剣を通して喉を手で押さえる。

 けれど傷は深く、流れ落ちる血は止められない。


 もはや言葉も発せず呼吸すら困難になる。


「赤き血よ、道を染めあげて。

 復讐という道に鮮やかな赤を添えて」


「かっ……」


 お前は一体何者なのだ。

 嗤いながら1人クルクルと踊り出すアリアにケニヤックは声にならない質問をぶつける。


「どちらかが死ぬまで終わらないこのダンスの結末は神も知らない。

 しかし今宵の勝者は決した。


 愚かなる者よ、負けた方が悪なのだ」


 踊りながら唄う。

 日が沈み、上り始めた大きな月を背景にしながら。


「さようなら、ケニヤック様。

 恨むならケルフィリアを。


 あなたを救うこともできなかった愚かなる神を」


『歌のレベルが上がりました。


 歌レベル0→5


 フリーレベルを1獲得しました』


 レベルとは神の祝福、神の贈り物だと言われる。

 神が努力する人を認めた時にそのレベルが上がる。


 そのように言われている。

 だとしたら狂った神がいるものだ。


 アリアが呟く言葉を歌だと認め、そしてお気に召したらしい。

 こんなに一気にレベルが上がるところなんて見たことがない。


 復讐に嗤うアリアの歌を気に入ったというのならこの神様も相当おかしなものであるとアリアは思った。


「証拠はいただいていきますわ。

 ダンスのお相手ありがとうございました」


 ナイフについた血をケニヤックの服になすりつけて拭き取ってスカートの中にしまう。


「ここは墓地なので、ちょうどよろしいでしょう?」


 地面に落ちた証拠の資料を拾い上げてアリアはケニヤックに背を向ける。


「ご機嫌よう、ケニヤック様」


 伸ばされた手。

 血まみれのその手は何も掴むことができずに地面にパタリと落ちた。

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