唄え、悪を切り捨てて4
息を整える間もなくケニヤックは自身の祖父であるワナスのお墓に手を伸ばした。
アリアが息を整える短い間に墓跡の裏を漁っているケニヤック。
「そのような場所に隠していたのですね」
立ち上がったケニヤックの手にはケルフィリア教の証拠だろうか、何枚かの紙のようなものがあった。
声がしてハッとしたような表情を浮かべたケニヤックであったがその相手がアリアだと見るやバカにしたようにニヤリと笑った。
「なんだ……正義感にかられて1人追いかけてきたのですか?」
アリアはどこからどう見てもご令嬢。
剣どころか重たいものすら普段から持たなそうな雰囲気にケニヤックには見えていた。
当然戦いに関する心得なんかもない。
追いかけてきたところで何も出来るはずがないとほくそ笑んだ。
「正義感?
そのようなもの小指の爪ほども思っておりませんことよ」
「なに?
じゃあなんでこんなところまで」
「簡単ですわ。
ケルフィリア教が嫌いだから。
ケルフィリア教に関わるすべてのものを破壊して差し上げるためですわ」
「はっ、狂ってるのか……?」
「狂信というがあるように狂っているのはケルフィリア教の方ですわ」
「……いささか口がすぎますよ?」
先ほどからケルフィリア教に対して言い方がキツい。
当然ケルフィリア教徒であるケニヤックからしてみれば不愉快に思わざるを得ない。
「私はケルフィリア教のクズが口を開いていると思うと不快に思いますわ」
笑顔でとんでもない毒を吐くアリア。
ケニヤックは呆れや驚きを通り越してアリアの物言いに怒りを覚えた。
「そんな口の聞き方して無事でいられると思っているのですか?」
「あら?
どの道こんな場面を目撃した私を見逃すつもりなんてございませんでしょう?」
「まあそうだな……」
なぜこんな場面で笑っていられる。
見逃すつもりはない。
その言葉の向こうにこれからどんな目に遭うのか分からないでもなさそうなのに。
「ただ大人しくしているというのなら……」
けれども相手はまだ幼いとも表現してもいい年頃の少女。
さらにはエルダン家の当主であるゴラックにも可愛がられている。
利用価値はある。
顔もいい。
アリアに近寄って庭に咲いている花にでも触れるように手を伸ばした。
「な、ああああああっ!」
次の瞬間薄ら笑いを浮かべたアリアは伸ばされたケニヤックの手を取ってひねり上げた。
そしてそのまま力をかけると荷重に耐えきれなくなったケニヤックの腕から鈍い音がする。
「綺麗な花に触れるときには気をつけなきゃなりませんわ。
トゲが生えていることもありますから」
持っていた証拠を落として肩を抱えるケニヤックをアリアは冷たく見下ろした。
「この……小娘が!」
幸い伸ばされたのは利き手である右手じゃなかった。
ケニヤックは剣を抜くと怒りに満ちた目をアリアに向ける。
「ああ怖い!
丸腰の女性に剣とそのような視線を向けるだなんて!」
そう、剣を向けられている。
なのにアリアはカラカラと笑う。
その余裕がケニヤックの腹立たしさをより刺激する。
「死ね!」
最初からこうしていればよかった。
ケニヤックはアリアに切りかかった。
怒りに任せた一撃。
アリアのことを単なる令嬢と侮っている。
乱雑に振り下ろされた剣はたとえ剣術のレベル差が大きくても容易くかわせるものだった。
対してアリアは手を自身の背中に回した。
ケニヤックの剣を交わしながらアリアはさらに一歩前に進む。
後ろから戻された手には金属がはめられていた。
握り込んだ拳の指を保護して破壊力を持たせるナックルダスターと呼ばれる武器であった。
少女のパンチと侮るなかれ。
頬を殴られたケニヤックはナックルダスターの存在に気づいておらず、想像をはるかに超える固い感触にぶっ飛んだ。
口から歯が飛び出していき何が起きたか分からなかった。
「なかなかですわ」
アリアは背中にナックルダスターを隠していた。
手を後ろに回すと横から手を入れられるようになっている浅いポケットが背中に付けられている。
その中にナックルダスターをしまっていたのであった。
本当は帯剣したいところなのであるがドレスに剣を合わせるのは難しい。
けれどソーダーンがケルフィリア教であることは分かっているのでなんの武器も持たずに忍び込むのは心もとなかった。
隠し持った武器の1つとしてこのナックルダスターを考え出した。
アリアはオフンから素手での戦いも習っていた。
魔物相手には素手で戦うことなどあってはならないが対人なら使える。
武器を持たない場面、とっさに素早く攻撃したい場面は意外とあるものだからちゃんとアリアは学んでいた。
最初はナイフなどを入れようと思っていたのだけど拳につける武器があるとオフンから聞いてこれぐらいならバレにくくていいと思った。
実際アリアの背中にナックルダスターが入っていることを気づいた人などいない。
接近してダンスでも踊れば固いものが当たると気がつくかもしれないが普通にしていれば見た目で背中に何かが入っているとは気付かれない。