潜入、そして調査5
「このようにしてみれば仲良くなったように見えますわ。
ほら、あなたも手を回して」
「あ、はい……」
予想もしていなかった抱擁を受けて少女は完全に雰囲気に飲まれている。
アリアの顔が近くにあると美しさにも思わず息を飲む。
「私も思い人がいますの」
少女の耳に口元を寄せて2人にしか聞こえない声でポソリと言葉を発した。
「だからあのような態度を取ったのですわ」
あなたなら分かってくれますでしょう?
脳の芯に響いてくるようなアリアの声が少女の中でこだまする。
「あなたも……」
好いていない男性に寄られてもうれしくはない。
好きな人がいるのなら行動は納得できる。
むしろ自分と同じだったのだ。
そう思った瞬間、当たるべきでない怒りをアリアに向けてしまったことがとんでもなく恥ずかしく感じられてきた。
都会から来た綺麗な女の子に好きな相手の心を奪われてしまうかもしれないと小さくて可愛らしい嫉妬が燃えていた。
アリアに思い人がいると聞いた今は燃えていた嫉妬心はすっかり萎んでしまった。
全く生きる世界が違っていた相手に見つけた共通点。
遠い世界の人だと思っていたのに急になんだか心の距離まで近く感じられてしまうから不思議である。
「きっと怒り顔よりも笑顔を見せた方が魅力的に見えるはずですわ」
アリアは少女の頬を指先で撫でる。
口の端から斜め上に少女の口が笑うように優しく。
「ありゃ落ちたね……」
少し離れたところでお酒を嗜んでいたメリンダは少女の顔がよく見えるところにいた。
スラリとした体格のアリアは少女よりも背が高い。
少し見下ろされる形となった少女の顔が瞬く間に赤くなっていく。
微笑むようなアリアが少女からどう見えているのかメリンダには正確には分からない。
けれど頬を撫で付けられた少女は確かに乙女な顔をしていた。
アリアにはあまり男性のようなカッコ良さというものを感じない。
時に女性の中でも中性的、男性的魅力で女性に人気の人がいる。
けれどアリアはそうした魅力ではなく良い女の魅力として女性すら落としてしまう。
「アリア様がもうほんの少しでも笑顔をふりまかれる方でしたら私も花束でも送っていたかもしれません」
「……その気持ちが分からないでもないから怖いものね」
クインも時としてアリアにドキリとすることもある。
少女も最後にはアリアのことをお姉様と呼んでしまっていた。
「あなたから話しかけなきゃ」
「はい、お姉様!」
『洗脳のレベルが上がりました。
洗脳レベル2→3』
「私は少し疲れたので休みますわ。
ほら、お行きなさい。
頑張って」
「ありがとうございます!」
何があったのだと取り巻きの子たちは混乱している。
止める間もなくアリアに突っかかっていた少女をどうしたらいいのか分からなかった。
ただアリアがお偉いさんの子供であるという認識はあって止めなきゃいけないとは思っていた。
けれど止められずに後で怒られるかもしれないとオドオドしている間にアリアと少女は抱擁を交わし、少女はいつの間にかアリアをお姉様と呼んでいた。
「面白いもんだね」
「まあ、上手くいってよかったですわ」
自分だったらこっそりスネでも蹴り上げてその場を去っている。
とても上手に相手の感情をコントロールしたアリアにヘカトケイは感心していた。
「お嬢様、お飲み物はいかがでしょうか?」
「ちょっとぉ、私にはぁ?」
少しまた壁側に下がって気配を殺そうとしているとドリンクを持った給仕の男性がアリアに近づいてきた。
なんでまたと思うと後ろに派手な化粧をした女性が付き纏っている。
給仕の男性はそこそこ若く、目は細いが顔は悪くない。
招待客の女性に目をつけられたようでしつこく声をかけられていた。
使用人の立場では強くも言えない。
どうにか誰かに助けてほしいところであるが誰も助けてくれない。
子供の前でならしつこい声かけも収まるかもしれないとアリアに目をつけたのだ。
「ねぇ、いいでしょう?
お相手がいないなら私とぉ……」
けれど目論見外れてアリアの前でも女性は給仕の男性に腕を絡めようとしている。
本気で給仕の男性は嫌がって困っている。
「申し訳ありません。
私ジュースが飲みたいのですわ」
仕方なくアリアは助け舟を出してやることにした。
「お持ちでないようですので持ってきてくださる?
ゆっくりとでかまいませんので」
「は、はい!」
単純な注文。
しかしその含みに給仕の男性は気がついた。
アリアが理由を付けてやったのだからさっさとこの場を離れなさい。
別に本当に戻ってジュースを持ってこなくてもいいから。
ということなのだ。
邪魔してくれたアリアに女性の一睨みはあったけれど問題も起こすことなく女性は他の男性を探しにいった。
「それじゃあ抜け出しましょうか」
これまでアリアを見ていた少年の視線は少女を差し向けることで遮断できた。
アリアたちに注目する人もいなくなったのでアリアとヘカトケイは人知れず、こっそりと会場を抜け出した。
まず向かったのはソーダーンの寝室。
執務室よりも手前にあり、自身の私室であり夫婦の寝室ということでものを隠したりもすることがある。
使用人だってそのような場所では勝手に物に触れない。
ソーダーンの妻であるムシナがどこまで知っているのか分からないがケルフィリア教であって、協力しているなら寝室はいい隠し場所である。
鍵は閉まっていなかった。
怪しい場所を調べていく。
ベッドの下、クローゼットの中、ちょっとした引き出しなど調べた痕跡が残らないように細心の注意を払いながらケルフィリア教の証拠を探す。