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悪のやり方、子を救う1

 ちゃんとシェカルテは変わった。

 丁寧に一般的なメイドよりもかなり細かく気を遣ってアリアに尽くすようになった。


 たった数日のことなので信頼も何もしちゃいないが生活は楽になった。


「まずは約束は果たしましょう」


 態度によってはもう一度顔を水に沈めてやるぐらいはするつもりだったけれどまともに世話はしてくれるので口約束でも約束は約束だと叶えてやることにした。

 回帰前のこの時期のアリアはよく体調を崩した。


 体も弱かったしシェカルテもアリアの面倒をまともに見るつもりがなかったので当然のことだ。

 何もしないで体調が悪化していって死んでは困るのでよく医者が来てくれた。


 家でお抱えの医者なので呼べばすぐ来てくれる。

 もちろん実力は折り紙付きで優秀な医者であることは間違いない。


 ただどんな人だったかあまりにアリアの中に印象はない。

 そんなに笑う人ではなかったような気がする。


「体調がすぐれないのですか?」


 アリアは具合が悪いことにして医者を呼んでもらった。

 イングラッドという暗い茶髪に見ようによっては人を睨みつけているみたいな細めの目をしている医者はアリアの脈を取ったり胸に聴診器を当てて診察する。


 以前いた年老いた医者の弟子でそのままこの家に雇われることになったので独り立ちした医者にしては若い。

 余計なことを言わない人で黙って仕事をする様は好感が持てる。


 ただ騙すようで悪いが体調なんて悪くない。

 回帰前は常に不安だったのが今は特に不安に思うこともなく、食事もちゃんと取っているので元気いっぱい。


 演技すらする気もないアリアを見てイングラッドは不思議そうな顔をする。


「……健康そうに思えますが。


 どうしても体調が悪いようでしたら薬などを飲むよりも大人しく寝ていたほうがいいかもしれません」


「そうですか。


 ありがとうございます、先生」


「いえ、温かいものでもお食べになられてゆっくりとお休みください。


 前に見た時よりも顔色はいいのでそれで回復すると思います。


 それでも体調が優れられないようでしたらまた呼んでください」


 ニコリともしないが決して不機嫌なわけではない。

 目つきが悪いだけで単に仕事をしているだけなのだ。


「それでは……」


「ちょっとお待ちになってください」


「まだ何かありますか?」


「少し見てもらいたい患者がいますの」


「患者ですか?」


「はい」


「その方は……」


「私のメイドのご家族ですわ」


「それは……その」


 イングラッドは別にアリア個人に雇われている医者でもない。

 その上使用人の家族まで診る義務なんてものはない。


 時として使用人の診察を命じられることはあるけれどそれは雇い主から指示されたことだからやるのだ。


「分かっていますわ。


 ですがこのまま戻ろうと私のお願いを聞いて診察しても貰える給料が変わらないのなら診てくださってもよいとは思いません?」


「まあそうかもしれませんが」


 なら診察しないで同じ給料貰った方がいいに決まっている。

 余計なことに首を突っ込む気はさらさらない。


「前例を作ると他にも診なければならなくなってしまいます。


 あくまで私は伯爵家のご家族のために雇われているのです」


「……そうですか」


「それでは失礼します」


「そんな伯爵家に雇われるようなお医者様に醜聞が立てばどうなるでしょう」


「はっ?」


 ドアに手をかけていたイングラッドは動きを止めた。

 最初は子供らしくお願いしてみようと思ったけど恥ずかしいし通じなさそうだから早々にその方法はやめた。


 お願いして引き受けてくれるのが1番いいのだけれど良い意味でも悪い意味でも堅物のイングラッドが使用人の家族の診察まで引き受けるとは思えなかった。

 断られることは予想していた。


 ならどうする。

 悪い手を使うしかない。


 別にイングラッドの好感度がどうなろうとアリアには知ったこっちゃない。

 腕は確かかもしれないがこいつはアリアの虐待を見逃し、結局は弱ったアリアに薬だけを出して事なかれ主義を貫いた。


 アリアにとってイングラッドもまた悪人であるのだ。

 悪には、悪を。


「診察の名目であなたは私のメイドに手を出そうとした」


「なっ、何を……」


「シェカルテ」


 アリアは指でシェカルテに近づくように指示を出す。


「はい、お嬢様」


「顔をこちらに」


「はい」


 ビシン!


「な……」


 アリアはシェカルテの頬をビンタした。

 本気で、かなり大きな音がした。


 シェカルテの頬が赤くなり、一目見てそれが誰かに殴られたのだと分かる。


「ああ可哀想にシェカルテ!


 イングラッド先生に抵抗しようとして殴られてしまったのですね!」


 大袈裟に、演技がかったようにアリアが立ち上がってシェカルテを抱きしめる。

 状況が分からなくてイングラッドは目を白黒させている。


「なんということを!


 医者という立場を利用してシェカルテに手を出そうとし、拒絶されると暴力を振るうだなんて!」


「そ、そんなことを私は……」


 ようやくイングラッドもアリアの言葉の意味に気がつく。

 自分は今脅されているのだ。


 メイドに手を出そうとして暴力を振るったクソ野郎に仕立て上げられようとしている。

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