回帰前も回帰前も師匠2
ケルフィリア教に敵対意識を持っているが教主の首を取るなど間違っても口には出来ない。
「それは……流石に」
「ふっふっ、そうだろう?
まあ一般的な指導料と泊まれる部屋、メシぐらい用意してくれれば構わないよ」
「……分かりました」
貴重なオーラユーザーの先生なので厚遇を持って受け入れて然るべきである。
他から引き抜きの声がかかることもあるのでどこかに行かれてしまうことを防ぐためにも手厚い条件を提示するのが普通なのだ。
しかしゴラックはそれ以上の提案をするのをやめた。
下手に引き留めるために条件を言えば逆にヘカトケイが離れていきそうな気がしたからである。
「賢くていいね。
私を引き止めようとわずらわしい提案を山のようにしてきた人は大勢いるけど、そうした有象無象とは違うようだ」
あまりうるさく言うようなら家に留まらないという選択肢もある。
その場合ヘカトケイは勝手にアリアを連れていくことだって考えていた。
けれどゴラックは一瞬でヘカトケイの人となりを見抜いて正しい判断を下した。
この人を引き留めるのにお金や物では不可能で、興味のある人と快適な環境が引き留めるのに必要だと。
この場合の興味のある人はアリア。
そしてもう一つの環境はゴラックが提供することができる。
「安心しな。
この子にやる気がある限り……この子がアタシを見限らない限りはアタシは弟子を見限らない」
「……どうかアリアをよろしくお願いします」
「おじ様……」
「任せておきな。
この子には才能がある」
少しばかり狂った人だなとゴラックは思った。
けれどその分言葉にウソはなく、吐いた言葉を飲み込むような真似はしないと信じられた。
アリアは今飛び立とうとしている。
オーラという翼を得てその飛び方を習おうとしている。
その邪魔をしてはならないと思った。
ゴラックは立ち上がって深々と頭を下げた。
少し感動した。
まさか頭まで下げてくれるとは思わなかったから。
ふとアリアはゴラックの最後を思い出した。
病気がちになって体が動かなくなり、寂しく死んでいったゴラックの世話をアリアは押し付けられた。
言葉少なく、無気力であったようなゴラックだったが最後の最後にアリアに謝罪の言葉を口にした。
今なら分かる。
ゴラックもただ冷たいだけの人ではなかった。
非常に不器用で真っ直ぐな人なのだとアリアはようやくゴラックのことを少しだけ理解したのである。
何もかもを拒絶するアリアをどうしていいのか分からなかったのかもしれない。
関わらないことがアリアのためになると考えていたのかもしれない。
一度死んで改めて振り返って、ちょっとだけでも腹を割って話しておけばよかった。
けれど回帰前のゴラックはもういない。
父と慕うまではいかなくても1人の人としてもっと向き合っていければと頭を下げるゴラックを見てアリアは思った。
「それじゃあ保護者の公認も得られたしアリア、あんたはアタシの弟子だ」
「はい、よろしくお願いします!」
「辞めたくても辞められない。
本当にいいんだな?」
「師匠こそ、私のことを置いて勝手にいなくならないでくださいまし」
「はっ、それは約束できないね」
「なら辞めたくなったら辞めますわ」
「はっはっはっ!
なんだい、肝も座っているのか!」
ゴラックは会話の内容を聞いてヒヤリとした思いがしているがアリアもヘカトケイも笑っている。
良くも悪くもヘカトケイは真っ直ぐだ。
ヘカトケイに対応するならこちらも真っ直ぐでなくてはいけない。
貴族的な回りくどい表現などしてみればぶん殴られるのがオチである。
今の会話もある意味回りくどい感じもあるけどアリアのストレートな言い方はお気に召したようだ。
「さっきも言ったがそっちが見限らない限りはアタシも見限らない。
……何かあったらどっか行くこともあるけどそれは許してくれ」
「じゃあ必ずお手紙でも残して、最後は帰ってきてください」
「…………手紙は残しておいてあげるよ」
「帰ってきてください」
「……努力するよ」
こんな押されているヘカトケイは初めて見るとメリンダは思った。
まるでヘカトケイのあしらい方を知っているかのよう。
「約束、ですからね?」
「……とんでもないの弟子にしちゃったね」
「とんでもない師匠の弟子ですもの」
「はっはっはっ!
覚悟しておきよ。
いつまでその減らず口が叩けるか見ものだね!」
「いつになったら黙らせてくれるのか期待しておきますわ」
回帰前のことを思い出す。
今こうして結構人にズケズケと言うようになったのはヘカトケイとのことがあってからだった。
なんでも遠慮なく口に出すヘカトケイに泣きながら文句を言った。
その時に言われた。
自分を抑えて、我慢して。
そんなことをして何になるのだと。
生きる上でも、オーラを扱う上でも自分を解放してやることは大切なことであるとヘカトケイに言われた。
それ以来ヘカトケイとは少し言い合いにも見えるようなお互いに遠慮のない言葉を掛け合いながら短い時間を過ごした。
貴重な教えだった。
今回の人生では言われるまでもなくそれを実践している。
「よろしくお願いします、師匠」
「よろしくね、弟子」