襲来、ヘカトケイ3
アリアは手刀を弾くように剣を強く振る。
そして片手を剣から離して拳で殴りかかった。
やれることは全部やる。
剣だけを磨いてきたわけじゃない。
格闘術レベルも6と体を使った戦闘も習っていた。
ただオフンから格闘術で習っていたのは相手を倒すというよりも怯ませて隙を作ることだった。
アリアの力で相手を倒すところまでいくのは難しいのでオフンは優先順位を考えてアリアに教えていた。
素早く、コンパクトに拳をヘカトケイの鼻に目がけて突き出す。
「ほほっ!」
面白そうに笑ったヘカトケイの頬を拳がかすめた。
初めて攻撃が当たった。
倒すことが目的ではない拳なので素早く戻す。
拳を戻しながらさらに剣も振る。
ちょっと無茶な緩急にアリアの未成熟な体は悲鳴を上げるがオーラの力で無理やり速度を保つ。
「はっはっは!
いいね、それでこそリャーダの娘だ」
何が起きたか分からなかった。
気づいたらアリアの腕が振り上がっていて、手から剣が飛んでいた。
まるで鋭い刃のような濃い紫色のオーラに包まれた手が見えた。
弾き上げられたのだと気づいた時にはヘカトケイの手刀が首に突きつけられていた。
「……それで私は合格ですの?」
「もちろんさ。
それだけの才能があるならアタシからお願いしてもいいぐらいだ」
気づけばヘカトケイから感じていた重たい殺気は無くなっていた。
アリアの姿にかつて自分の弟子だったリャーダの姿を重ねてヘカトケイは懐かしさを覚えた。
リャーダも激しい人であったがアリアはそれよりもさらに苛烈だ。
それでいながら冷静。
殺気をぶつけても体をまとうオーラが揺れなかった。
一定の厚さを保ち、戦っている最中も同様にオーラをキープ出来ていた。
普段からオーラを一定に保つ自己鍛錬をしていることがよく分かるし、オーラを保つだけの冷静さが常に頭の中にある。
「……たった今からあんたは私の弟子だ」
「でしたらこれ、下げていただけませんか、師匠?」
未だに首には手刀が突きつけられている。
いつの間にか魔力は手を覆っていないけれど。
「何をしている!」
突然、ガラスでも割れるような音がした。
「へぇ……やるじゃないか」
「あれは!」
中庭に急に人が現れたようにアリアには見えた。
戦闘を走ってきたのはグレーのオーラをまとうギオイルであった。
先日の狩猟祭の時にエオソートと協力関係になった。
エオソートはこの際だしカンバーレンドとエルダンの関係性を強める良い機会だとギオイルを説得して両家を繋ごうとしていた。
まず初めに各領地での特産品のやり取りでもしないかと話し合いをするためにギオイルはエルダン家を訪れていた。
「少し遊んであげるかね?」
ヘカトケイは落ちてきて地面に刺さった剣を抜いた。
グレーのオーラをまとった剣と紫のオーラをまとった剣がぶつかりあって力の波が風となって強く吹いた。
「アリア!」
「おじ様!」
ギオイルの後ろからゴラックや騎士たちがゾロゾロと来ていた。
「全く……何をしているんだい……」
メリンダはギオイルと戦うヘカトケイを見て大きくため息をついた。
「これは一体どういうことですの?」
なぜこんなみんなして飛び込んでくるのかアリアは状況が理解できていない。
「……魔法による結界のせいさ」
メリンダはやれやれと首を振る。
「中庭全体に視覚の阻害と侵入を防止する結界が張られていてね、それにあのカンバーレンドのご当主が気づいちまった。
それで大騒ぎ。
あなたが中にいるってんだから、さらに騒ぎになったのさ」
アリアが周りにオーラを隠していることはヘカトケイも知っていた。
戦う時にもそれが気がかりだったようなのでこっそりと結界を張って周りにアリアのオーラのことがバレないようにしてくれていたのだ。
しかしたまたま今日はギオイルが来ていた。
他の人なら気づかないようなヘカトケイの魔法にオーラを扱えるギオイルは気づいてしまった。
何事だということになった。
さらに中にアリアがいることもスーシャウが言ってしまったので事態が大きくなった。
そこでギオイルがオーラを使って無理やり結界を破って中に入ってきた。
何かが割れるような音は結界が破られる音なのであった。
「……姉さん、一体どういうことですか?」
どうやらギオイルと戦っている女性はメリンダの知り合いのようだと口振りから気がついたゴラックが詰め寄る。
ギオイルが押されている。
国内でも有数のオーラユーザーのはずなのに女性のヘカトケイの方が強いようであった。
「…………あれはね、アリアの新しい先生だよ」
もうこうなったら誤魔化しもきかない。
面倒になったメリンダは笑いながらギオイルと戦うヘカトケイを遠い目をして見ていた。