襲来、ヘカトケイ2
アリアは何をするのかと身構えた。
ヘカトケイはアリアに向かって剣を投げるとアリアの目の前に剣が刺さった。
「それを使いな」
「ですが……」
ヘカトケイの思惑が何なのかはアリアは理解した。
けれど周りを見回して少しためらう。
「ふん、早くしないとより見つかる可能性が高くなるよ」
「…………分かりました」
アリアは剣を手に取った。
軽い。
アリアの体格からしたら普通の剣でも大きいのであるがこの剣は手に持ってみても非常に軽い。
これならアリアでも扱えそうだった。
「ほぉ?」
アリアから真紅のオーラが溢れ出す。
ヘカトケイの目的はおそらくアリアを試したいのだろうと思った。
メリンダの書いた手紙にどんなことが書かれているのか知らないけれどその内容が本当であるのか確かめようというのだ。
ヘカトケイらしいとアリアは思った。
ならやってやろうじゃないか。
ヘカトケイ相手なら手加減なんていらない。
これまで習ってきた全力をぶつけても全く構わない。
オーラレベルはしばらく4から上がっていないが剣術は9レベルと多少マシになった。
「怒り、苛烈で激しい感情……強い意志。
どこまでも澄んだようなオーラ、良いじゃないか」
ヘカトケイはアリアのオーラを見て面白そうに口の端を上げた。
「行きますわよ!」
アリアは地面を蹴って真っ直ぐにヘカトケイに向かう。
オーラで強化されたアリアは子供とは思えない速さがある。
剣を真っ直ぐに振り下ろす。
基本に忠実に、美しい振り下ろしであった。
紅い魔力の軌跡を残した剣をヘカトケイは防ぐ方法を持っていない。
だがアリアは寸止めするつもりもなく剣を振り切った。
一瞬本当に切ってしまったのだと思った。
ヘカトケイは半身を引いてアリアの剣をかわした。
ヘカトケイの目の前を剣が通り過ぎたのに髪の毛一本すら触れさせないような完璧な見切りであった。
「はあっ!」
驚きはあったがそこで体を止めてはいけない。
すぐさまヘカトケイに次の攻撃を加える。
「なっ……」
「うん……筋は悪くないね」
アリアの剣はヘカトケイの手のひらに止められていた。
濃い紫色のオーラが包み込んではいるが生身の手でオーラに包まれた剣を止めてみせたのだ。
これにはアリアも驚きを隠せなかった。
実力差があるのは理解していたがどれほど差があればここまでのことが出来るのか。
生身で剣を受けることも驚きなのにさらにオーラをまとった剣を受けるなんて人間技とは思えない。
「攻撃は……終わりかい?」
殺気を感じて背中に冷たいものが走った。
目は冷たく胸の奥にざわりとした恐怖を感じるほどに圧力がある。
アリアを試すのではなく本気で殺しにきているのではないかと思うほどで、ヤバいと本能的にアリアは防御の体勢を取った。
空中に紫のオーラが浮かぶ。
オーラは瞬く間に変貌を遂げていき、氷へと変わった。
魔法である。
魔力をオーラとして扱えない人でも魔力を持つ人はいる。
そうした人のために生み出された技術が魔力を別の形として運用する魔法であった。
先の尖った鋭い氷の塊は当たれば体をズタズタにされてしまう。
「なら、こっちの番だ」
回避と防御。
そのどちらに寄りすぎてもならず、適切に何を回避して何を防御するのか選ばなくてはならない。
オフンの教えを思い出し、大きく回避しなければならないものは剣で受け流し、そうでないものは小さい動きで回避する。
「真面目に鍛錬しているのが分かるね」
しかしやはり経験が不足している。
油断していたのでもないが飛んでくる氷に気を取られてヘカトケイの接近を許してしまった。
紫のオーラをまとったヘカトケイの掌底が迫ってアリアはギリギリのところで剣の腹で受け止めた。
「ぐっ!」
しかし体を突き抜けるような衝撃を受けてアリアは後ろに吹き飛んだ。
オーラによる攻撃。
アリアが剣に込めていたオーラではヘカトケイのオーラを受けきれなかったのだ。
腹部に鈍い痛みを感じるがアリアはすぐさま起き上がって剣を構えた。
「軟弱な貴族のお嬢様にしては……気概もある」
「舐めるな!」
お嬢様としての言葉遣いも忘れてアリアはヘカトケイに切りかかる。
基本はギリギリのところでアリアの攻撃を回避するヘカトケイだが時々手で受けてみせたりする。
「むっ!」
手で受ける、と思ったら瞬間に剣にさらにオーラを集めた。
ヘカトケイの手から血が滲んで、驚きに目を見開いた。
「危うく指がなくなるところだったね」
そして攻守が入れ替わる。
蹴りやオーラを込めた手刀が飛んできてアリアはなんとか防御する。
1人でケルフィリア教の支部を潰して回っていると聞いて懐疑的にも思っていたが疑う余地もないほどに実力が高い。
ヘカトケイが本気で戦っていたならアリアは数秒も持たずに倒されていただろう。
反撃を繰り出す暇もなくヘカトケイの攻撃は激しさを増す。
まるでアリアがどこまで食らいついてくるのか試しているかのようだ。
「やあああああっ!」
体力もオーラの限界も近づいていた。
だけどアリアだってこのまま押されっぱなしではいられない。