第8話 食人植物
「こ、これが食人植物……!?」
巨大な赤い花の中央に、鋭い牙が生え揃った大きな口が開いていた。胴体は普通の植物と異なり、太くどっしりしていた。
「クロ……さん……! 私はここ……す!」
「ねぇ!? あの植物の中からシロップちゃんの声が聞こえるよね!?」
『きっとキノコを探してる最中に丸呑みにされたんだわ……。身体が小さいおかげで咀嚼されずに済んだみたいだけど……。体液で羽が濡れたかなんかで脱出出来なくなっているんでしょうね……』
植物の腹部からシロップの声が聞こえ続ける。彼女を救出するには、クロネを遥かに超える大きさの食人植物を倒す他なかった。
「待っててシロップちゃん! 今助けるから!」
テルは一気に食人植物に間合いを詰めようとするが、植物の蔓が吹き荒ぶ嵐のようにテルを襲った。絡みつきそうになる蔓を、テルは必死に振り払う。
「うわっ! 何これ、戦いにくい……!」
『あたしと代わりなさい……! 黒魔術で遠距離から仕掛ける……!』
テルは、距離を取るため後ろに飛び退け、クロネにバトンタッチする。クロネは人差し指と中指を立てると、指先に魔力を集中させる。
「“黒刃”!」
クロネは、指先から発生させた黒い刃を伸縮させ蔓を切断していく。そのまま植物の頭部を切り離そうと狙いを付けるが……。
「くっ……! あの妖精が植物の中にいるから、迂闊な攻撃は出来ない……!」
食人植物は、身体を上下左右に揺らしながら激しく動き回っている。もし、手元が少しでも狂えば、体内にいるシロップを誤って傷付けてしまう恐れがあった。
クロネが迷っている間にも、食人植物は新たな蔓を伸ばし、再びクロネに襲い掛かる。防戦一方の状態だった。
「くそっ……! これじゃキリがない……! それにしても、足元に生えてるキノコも邪魔くさいったらないわね……!」
クロネは戦いの最中、キノコに足を取られそうになる。思い通りに攻撃出来ないイライラに加え、キノコに対する不満も募らせる。その不満をぶつけるように、クロネはデカナルダケを睨みつけた。
「デカくなるキノコなんてなんの役にも……! いや……ちょっと待って……」
クロネは冷静に状況を整理する。そして、植物からシロップを救い出すためのプランを練り始める。
「テル。今からあんたに代わるから、そうしたらこのキノコを……」
『……! 分かった! 任せてクロネちゃん!』
クロネから作戦を聞かされたテルは、身体の主導権を譲り受ける。そして、足元のデカナルダケをひとつもぎ取ると、植物に向かって駆け出した。
「キシャアアアアアッ!!」
「いっけええええええっ!!」
植物がテルを丸呑みにしようと、口を大きく開けて襲い掛かる。テルはタイミングを見計らい、渾身の力でキノコを植物の口の中へ投げ入れた!
「シロップちゃん! そのキノコ食べて!」
「……! わ、分かり……た……!」
テルの声に反応し、シロップの返事が植物の中から微かに聞こえた。次の瞬間、植物の腹部がみるみる膨らみ始める。
「ギィアアアアアアッ!?」
シロップがデカナルダケを食べて巨大化し、食人植物は苦しそうに悲鳴を上げた。食人植物の身体は大きく膨れ上がり、もはや、まともに動くことすら困難になっていた。
「これでトドメよ……!」
クロネはテルと交代し、今度こそ植物の頭部に狙いを定める。クロネが放った漆黒の刃が、植物の首を切断した。シロップは無事、植物の中から這い出てきた。
「うええ〜ん! 一時はどうなるかと思いましたぁ〜! クロネさ〜ん! 助けてくれてありがとうございます〜っ!!」
「あぁ、もうっ! くっつくな! デカいしネバネバしてる!」
デカナルダケで人間サイズに大きくなった粘液まみれのシロップに抱き着かれ、クロネは心底嫌がっていた。紆余曲折あったが、なんとかシロップを救出することに成功したのだった。
◇
「ほら、ケイ。妖精、連れてきてやったわよ」
「どうも初めまして〜っ! 妖精のシロップと申します〜っ!」
「いやなんかデカいんだけど!?」
クロネに連れられ、図書館に戻ってきたシロップ。だが、まだデカナルダケの効力が残っていて、どこからどう見ても妖精のコスプレをした人間にしか見えなかった……。
しばらくすると、キノコの効き目が切れ、シロップは元の大きさに戻った。それからクロネは、彼女らにお互いの魂を入れ替えれば、それぞれの望みを叶えられると説明した。
「なるほどな……。アタイはこの子と入れ替わるのは願ったり叶ったりだけど……。妖精のアンタはどうなんだ?」
「私も大丈夫ですっ! ぜひこの強そうなおねーさんと入れ替わらせてくださいっ!」
「よし。決まりね……。成功するかどうかはあんたたちがどれだけ本気かに掛かってるわ。望みを叶えたければ、せいぜい心の中で強く祈ることね」
クロネは、魂を入れ替える術が記された本を手にし、術の工程を確認していく。シロップとケイは、クロネの指示に従い手を繋いだ。現場の緊張感は最高潮まで高まっていく。
「じゃあ、これから魂の入れ替えを始めるわよ……。準備は良いわね……? お互いしっかり手を繋いで、目を瞑り、入れ替わりたいと強く願うのよ」
シロップとケイは力強く頷いた。2人の覚悟が決まったのを見届けると、クロネは本に書かれた呪文を詠唱していく。
「在るべき器を拒み、新たな器を求めし者よ。己が心で望みし道を示せ!」
「“流転魂送”!!」
詠唱を終え、辺りは静まり返る。クロネが2人の様子を伺うが、シロップとケイは目を瞑ったまま何も言葉を発しない。あまりの緊張感から、一筋の汗がクロネの頬を伝う。
「終わったわよ……。目、開けていいわ……」
「あぁーっ!!」
終わったと告げるや否や、突然大声を発したシロップとケイ。クロネは驚きのあまり、口から心臓が飛び出しそうになっていた……。
「急に叫ぶんじゃないわよ……! ビックリするでしょ……!」
「わわわ、私が目の前にいるのですっ!?」
「うおおっ!? アタイ、空飛んでるー!?」
自分の状況を確認して盛大に驚くシロップとケイ。どうやら魂の入れ替えは無事成功したようであった。
「これが人間の身体なのですねっ! この地面を踏みしめる感覚、たまりませんっ!」
「うおぉー! 身体が軽い〜! 妖精サイコー!!」
「クロネさんっ! あなたのおかげで夢を叶えることが出来ましたっ!」
「本当にありがとな! この恩は忘れないぜ!」
「はいはい、どういたしまして……。それにしても、中身が今までと逆だから、なんだか気色悪いわね……」
シロップとケイは大満足で、新たな生活に向けてそれぞれ旅立っていった。今日一日振り回され続けたクロネは、ようやく一息つくことが出来た。
『2人が無事に入れ替われて良かったね! クロネちゃん!』
「そうね……。本当に良かっ……! べ、別に、あたしは術の実験がしたかっただけで、あいつらがどうなろうが知ったこっちゃないわ……!」
内心、安堵していたクロネは素直に答えそうになり、慌てて素っ気なく言い直した。だが、時すでに遅し。クロネの優しさを垣間見たテルは、クロネの中でクスクス笑っていた。