第6話 デカナルダケ
人間になる方法を求めて図書館に現れた妖精のシロップ。彼女を手伝うため、テルはクロネの身体を奪い、シロップの代わりに本を探していた。
「うぅ〜ん……。探すとは言ったものの、どれが人間になる方法に繋がる本か全然分からない……」
『いい加減諦めて、早く身体をあたしに返しなさいよ……』
「本を運ぶのあんなに大変そうだったのに、放っておけないよ! 私はシロップさんを助けたい!」
『ぐぐぐ……。こ、こいつ、全然身体の主導権を返そうとしない……。なんでこんなに人助けに執着出来るのよ……』
テルの強い想いは、クロネに身体の主導権を渡すことを断固として拒んでいた。クロネはなんとかテルと入れ替わろうとするが、弾かれるようにテルの精神の裏側に押し戻されてしまう。
『ったく……。仕方ないわね……。あたしが関係ありそうな本を教えてやるから、さっさと終わらせてあたしに身体を返しなさい』
「ク、クロネちゃん、ありがとう!」
(まったく、なんであたしがこんなことを……。こいつ、いつか絶対泣かしてやるわ……)
クロネは黒い気持ちを抱えつつ、とりあえず今はテルをさっさと満足させることにした。心当たりのある本棚をテルに教え、テルはクロネの指示に従いテキパキと本を集めていく。
「凄い……! クロネちゃんはどこにどんな本があるのかすぐ分かるんだね……!」
『司書やってるんだから、それくらい当然でしょ……。無駄口叩いてないで、さっさと終わらせなさい……』
クロネの指示で本を集め終えたテルは、シロップが座るテーブルまで運んでいく。シロップは、先程運んでいた1冊の本を、真剣な表情で熟読していた。
「シロップちゃん、関係ありそうな本持って来たよ! 読み終わったら私が片付けるから、ここに置いたままで良いからね!」
「わぁっ! ありがとうございますっ! クロネさんは本当にお優しいのですねっ……!」
『……っ! なんなのよ……。優しいなんてあたしの柄じゃないのに……。本当に、気分が悪いわ……』
そうは言いつつ、クロネの心はほんのりと温かくなり、人に感謝される喜びを感じてしまった自分に困惑していた。
『さぁ、もう用事は済んだでしょ? さっさとあたしの身体返しなさいよ……』
「うん! クロネちゃん、ありがとう!」
『ふん……』
テルから身体の主導権を取り返したクロネの顔は、ほのかに熱を帯びていた。クロネは首を左右にぶんぶん振り、のぼせ上がった気持ちを必死に振り払った。
クロネは受付に戻ると、カウンターに山積みにされた本を手に取り、中断していた読書を再開した。シロップも、クロネから受け取った本を穴が開くほど読み込んでいる。図書館はなんとも静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。……その矢先。
「あぁーっ!!」
シロップの絶叫が辺りに木霊した。静かに本を読んでいたクロネは、あまりの大声にカウンター席からずっこけていた。
「ちょっと……! うるさいわよ……! 何ひとりで騒いでんのよ……!」
「あっ! す、すみませんっ! ついっ! 良い物を見つけてしまったので興奮してっ! クロネさんは、怒ると少し怖いのですね……!」
「良い物って何よ……?」
「クロネさんが持ってきてくださったこの本っ! そこに載っていたデカナルダケですっ! このキノコには、身体を何倍にも大きくさせる効果があるようなのですっ!」
「そんなんで良いの……? 人間になるというか、ただデカくなるだけのキノコよ、それ……」
「いろいろ本で調べたのですが……。やはり人間になるのは難しいようなので、これで妥協しましたっ!」
「あ、そう……」
クロネは、シロップの適当な性格に少し呆れながら、ずっこけて倒してしまった椅子を起こして座り直した。その間に、シロップは読書スペースのテーブルの上でストレッチしていた。
「では、私はこれからデカナルダケを探しに現地に出発しますのでっ! クロネさんっ! 本当にありがとうございましたっ!」
「はいはい……。分かったから、さっさと行きなさい……」
シロップは目に炎を灯し、やる気満々で飛び去っていった。今度こそ本当に静かになった図書館で、クロネは再び本を読み始める。
「はぁ……。やれやれ……。あの妖精のせいで無駄に疲れたわ……」
『シロップちゃん……。大丈夫かな……。ちゃんとキノコを手に入れられれば良いんだけど……』
「あんた……。お節介もいい加減にしなさいよ……? キノコ狩りまで手伝うなんて、そんなの絶対嫌だからね……」
『うぅ……。そうだよね……! クロネちゃんの身体だもんね……。あんまり無茶は言えないよね……』
「ふん……。分かれば良いのよ……」
クロネは、今度こそ憩いの読書タイムを堪能する。口うるさい仕事仲間は蔵書の修繕作業中。館長は本の発注のため出掛けている。利用者もほとんどいない。そしてテルは黙らせた。クロネを邪魔する者はもう存在しないのだ。
「うわぁーっ!?」
「今度はなんなのよ……」
そう思った次の瞬間。女性の叫び声が図書館の外から聞こえた。クロネはイライラしながら、図書館の外へ出て女性の元へ歩み寄る。女性は何かに驚いた様子で地べたに座り込んでいた。
「うるさいわよ……。何やってんのよあんた……」
「悪い悪い……! 今、アタイの横を妖精が通り過ぎて行って、それで驚いちまって……!」
その女性は、男勝りな喋り方に相応しい、ショートヘアでシンプルな服装の女性だった。気が強そうな風貌なのに腰を抜かしている女性を見て、クロネは少々呆れていた。
「妖精くらいたまに見掛けるでしょ……。そこまで驚くことじゃないでしょうに……」
「い、いや実は……。言いにくいんだけど……。アタイ、妖精になりたくてさ……!」
「はぁ……!?」
人間になりたい妖精が現れたかと思えば、次は妖精になりたい人間が現れた。今日は奇妙な人物に振り回される日なのかと、クロネは頭を抱えていた。