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第5話 人間になりたい

 郊外にある小さな図書館。そこに司書として勤めている黒魔術師の少女クロネは、女神に転生者の器に選ばれてしまい、テルという現世の少女の魂を宿すことになってしまった。


 クロネは、図書館の受付カウンターに様々な分野の本を積み、本の中身にザッと目を通していく。


「人の魂を入れ替える術……。本来は成功し得ない術であるが、入れ替わりを望む当人同士の強い願望があれば成功する可能性はある……」


『クロネちゃーん、何読んでるのー?』


「何、気安く話し掛けてきてんのよ……。気が散るから黙ってなさいよ」


 読書中に自分の中にいるテルに話し掛けられ、クロネはムッと眉をひそめる。


『そんな冷たいこと言わないでさー! ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん!』


「人の魂を入れ替える術を研究してんのよ。もしかしたら応用出来るんじゃないかと思ってね……」


『へぇ〜……。応用って何に?』


「あんたをあたしの身体から追い出す術に」


『えぇーっ!?』


「当然でしょ……。あたしの中にあんたみたいな変な女が入ってるなんて気持ち悪くてしょうがないんだから……」


『そ、そんなぁ〜! クロネちゃんから追い出されたら、私、一体どこに行けば……!』


「知らないわよ、そんなの……。まぁ、転生っていうくらいだから、あんたはもうどうせ死んだ人間なんでしょ? だったら、あたしから出て行けば本来あるべき姿に戻るだけじゃないの」


 テルを適当にあしらいつつ、読書を続けるクロネ。そんな時、微かに甘い良い匂いが漂っていることに気が付いた。


「何この匂い……? 花の蜜のような……」


 クロネが匂いを辿り視界をそちらに向けると、本がひとりでに図書館を飛んで移動しているのが見えた。クロネは、自分の目で見たものが信じられず、一度目を擦った。


「なにあれ……? なんで本がヒラヒラ飛んでるのよ……」


 よく目を凝らして見ると、飛んでいる本の下には小さな少女の人影が見えた。背中には透明な羽を生やしている。その羽は、窓から入った日光が透けて、薄っすらと虹色に輝いていた。


「あれは花の妖精ね……。この図書館に妖精が来るなんて珍しい……」


『あれが妖精!? この世界には本当にいるんだ!?』


「オーバーな奴ね……。妖精見るの初めてなの?」


『うん……! 私の世界では妖精なんておとぎ話の存在で、本物なんていなかったよ……!』


「あっ、そう。妖精もいないなんて、あんたの世界は随分荒んだ場所なんでしょうね」


『そ、そんなこと……ない、とも言えないけど!』


 興味津々なテルとは対象的に、クロネは冷めた視線で妖精を見つめる。妖精は、小さな身体で必死に重量のある分厚い本を運んでいた。


「うぅ〜っ! 重いのです〜っ! も、もう限界っ!」


 妖精は、読書スペースのテーブルまで本を運ぼうとしているが、力尽きる寸前のようで、フラフラと蛇行している。


『大変だ! あのままじゃ妖精さん力尽きて落ちちゃうよ!』


「ほっときゃいいのよ。普段から小さい身体で過ごしてるんだから別に死にゃしないでしょ」


『あんなにツラそうにしてるのほっとけないよ!』


「あっ! またあんた勝手にあたしの身体を……!」


 テルの人格がクロネの身体の主導権を握ると、一目散に妖精の元へ駆けていった。そして、妖精が持ち上げている本をそっと手に取った。


「うわっ! 身体が軽いっ!?」


「妖精さん、大丈夫? 手伝うよ!」


「これはこれはご親切に、ありがとうございますっ! では、あそこのテーブルまでお願いしますっ!」


 テルは妖精が指差したテーブルへ本を置いた。テルの優しさに、妖精はとても嬉しそうに微笑んでいた。


「墜落寸前で危ないところでしたっ! 親切な司書さんっ! あなた様のお名前は?」


「名前? えっと、どっちで答えれば良いんだろ……。身体はクロネちゃんだし……」


「司書さん……? ブツブツと何を言っているのですか……?」


「あっ! いや、なんでもない! 私の名前はクロネ! よろしくね!」


「クロネさんですねっ! 私はシロップと申しますっ!」


『勝手に人の身体で人の名前を名乗ってんじゃないわよ……!』


 心の中でクロネに怒鳴りつけられ冷や汗を流すテル。ぎこちない態度を取り続けるテルを、シロップは不思議そうに見つめていた。


「シロップちゃんはこの図書館には初めて来たのかな?」


「はいっ! どうしても知りたいことがあって、それを調べに妖精の里からやって来ましたっ!」


「どうしても知りたいこと?」


「はいっ……! 私、実は……人間になりたいのですっ!」


「人間に……!?」


 シロップの突拍子もない願いに、テルは呆気に取られている。シロップは少し俯きながら、自分の思いの丈を吐き出し始めた。


「私は人間の文化に興味があって、普通の人間のように生活してみたいのです……。ですが、この小さな身体では、先程のように本を運ぶことでさえ重労働になってしまいます……」


「妖精の里には、人間の暮らしのような華やかさはありません……。どこか田舎臭いというか、ぶっちゃけつまんないのですっ……! だから私は、人間になって、様々な体験をしてみたいのです……!」


『なんてくだらない……。人間のどこがそんなに魅力的に見えるんだか……。こんな妖精なんかほっといて私は読書の続きを……』


「なるほど! それじゃあ、私も人間になる方法に繋がるものがないか、いくつか本を探してみるよ! 本を運ぶのもひと苦労だろうし!」


「クロネさん……! ありがとうございますっ! 正直、読書どころじゃなくなってて、どうしようかと思ってたのです……!」


『この居候女……。人の身体で何勝手なこと言ってんのよ……』


 クロネの不満を余所に、テルはシロップの夢を叶えることを手伝い始めた。他人との交流が苦手なクロネと、困っている人を放っておけない性格のテル。同じ身体に宿る2人の少女の精神は、正反対の気持ちを抱えていた。

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