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第4話 番犬と番人

 魔法の攻撃による襲撃を受け、テーブルに身を隠すクロネ。黒いローブの男は首からぶら下がっている宝石を揺らしながら、クロネのことを警戒しつつ、図書館を何やら見回している。


「これだ……! この本さえ手に入れば……!」


 受付のテーブルには、先程までクロネが読んでいた召喚術の本が置かれたままになっていた。男はそれに気付くと本を奪い、そのまま図書館から逃走した。


「くっ……! 待ちなさい……!」


 急いで後を追おうとクロネも図書館から飛び出した。だが、男の後ろ姿は見る見る遠ざかってしまう。そして、クロネの走る速度は逆にどんどん減速していく。


「はぁ……はぁ……! あたし、運動は苦手だってのに……!」


『クロネちゃん! 私に代わって!』


「はぁ!? 何勝手なこと言ってんのよ……! 代わる訳な……」


 最後まで言い終わる前に、クロネの意識は精神の奥底へ引っ張られた。そして、クロネの代わりに“もうひとり”の人格が精神の主導権を握り始める。


『あんた……! また勝手に私の身体を……!』


「ごめんねクロネちゃん! でも、今はあの本を取り返さないと!」


『あたしに入り込んだ異物の分際で! 追い付けないのにどうしようってのよ……!』


 クロネと入れ替わった人格は、その場で軽く足をほぐすと、地面を力強く蹴った。風を置き去りにするかのような勢いで、クロネの身体は一気に加速する!


『な、なんなのこれ!? なんであたしの身体にこんな身体能力が……!?』


「女神様から貰った力だよ! 転生してもらう時に身体能力をモリモリにカンストしてくれるって言ってた!」


『ちょっと……! あたしの身体に無理させたらタダじゃおかないわよ……!』


「なんだこのガキの速さは……うおぉっ!?」


 クロネはローブの男のすぐ後ろまで追い付いていた。そのまま男の肩を掴むと、力いっぱい地面に叩き付けた!


「捕まえた! さぁ、盗んだ本を返して!」


「ふん! どうせ人に貸出してる本だろ! あれだけ本があるんだ! 1冊くらい無くなったって困らないだろ!」


「1冊くらい……。みんながそう思っていたら、図書館から本が無くなっちゃうでしょ! 1冊の本に想いを込めてみんなで大事に扱って、そうやって見えない繋がりを築いていくのが図書館なんだよ!」


『あんた……』


 “もうひとり”の人格の力説を聞き、クロネは心打たれていた。しかし、ローブの男は苛立ちを隠せない様子だ。クロネに押さえ付けられながら、盗んだ本を開き始めた。


「冥界に潜む者、我に力を貸せ。出でよ! 地獄の門番ケルベロス!!」


 男が本に書かれた呪文を詠唱すると、男の持つ宝石が激しく発光し始めた。宝石から紫色の魔力が放出されると、3つの首を持つ、岩山のような巨大なオオカミが姿を現した。


『禁じられた召喚獣……。あの召喚石もどこからか盗んできたんでしょうね……。やっぱりこいつ、ろくでもない“暴漢”だったわ……』


 クロネがこの男に本を貸すことを拒んだ本当の理由。それは、本の知識を悪用することを直感で察していたからだった。


「ハハハハ……! ついに呼び出すことが出来た……! ケルベロス! そこの生意気な小娘を八つ裂きにしてやれ!」


「グゥオオオオオッ!!」


 ケルベロスは大きな口を開け、雄叫びを上げる。ケルベロスから発せられる声は、まるで空気の衝撃波のようにクロネを襲う!


「うぅ……! す、凄い声……!」


『来るわよ……! ちゃんと前見なさい……! あたしの身体に傷ひとつでも付けたら八つ裂きにするわよ……!』


「いや、この身体、クロネちゃんのなんだけど!」


 ケルベロスがクロネに攻撃を仕掛けた! “もうひとり”の人格はなんとか攻撃の軌道を捉え、身軽な動きでケルベロスの爪や牙を必死に避け続ける。


「ブハハハハ! どうしたどうした? 逃げ回るばかりじゃいずれ力尽きるぞ!」


「こ、こんな化け物相手にどうすれば良いの!?」


『もうっ……! 使えない奴ね……! あんたは引っ込んでなさい……!』


 クロネは“もうひとり”の精神が疲労している隙を突き、自分の身体の主導権を取り戻した。ケルベロスはそんなクロネにお構いなしに、全身凶器の突進攻撃を仕掛ける!


「犬ころ風情が、調子に乗ってんじゃないわよ……。あたしが図書館でなんて呼ばれてるか教えてあげる……」


 クロネの身体から黒い魔力の波動が吹き荒れる。そして、手のひらをかざし、冷静にケルベロスに狙いを定める。


「“黒炎(ダークフレイム)”!!」


「グギャアアアアアアッ!?」


 黒い炎の塊が、ケルベロスの全身を覆い尽くす! そして、膨張したエネルギーが大爆発を起こした。岩山のような巨体は、跡形もなく吹き飛んでいた。


「そ、そんな馬鹿なァ……!? ケルベロスは上級召喚獣で、こいつさえ扱えれば、俺は召喚術師のトップに上り詰められるはずだったのに……!」


「あたしは“図書館の番人”……。あんたみたいな輩から、大切な本を守るために雇われてるのよ……」


『凄い! クロネちゃんカッコいい!』


「うるさい。黙れ」


 戦意喪失したローブの召喚術師は、クロネに拘束され、王国騎士団に突き出された。どうやら、数々の窃盗の容疑で指名手配されていたらしい。その帰り道。夕日に照らされた平原を歩きながら、クロネは自分の中にいる“もうひとり”に話し掛け始めた。


「今日はあんたのせいで大変な1日だったわ……」


『えぇ……? あの窃盗犯は私のせいじゃないような……』


「うるさい。口答えするな」


 クロネは“もうひとり”に八つ当たりしつつ、自身の身体に起きた異変について考えていた。コンタクトを取ろうとしなければ、思考が“もうひとり”に伝わることはないようだった。


(身体能力の強化……。あれはあたしの中に入り込んだ人格じゃないと扱えないようね……。そして、何故かあたしの魔力も大幅にアップしていた……。本来、ケルベロスなんて召喚獣、あんなにあっさり倒せるハズないわ……)


(これが転生による恩恵って奴かしら。私にとっては、デメリットの方が多いのだけど。まぁ、いずれ“こいつ”を追い出す方法を見つけるとして、それまでは利用させてもらうわ……)


「あんた。名前は?」


『えっ、あっ! 私は照! よろしくね! クロネちゃん!』


「ふん……。名前が無いと不便だから確認しただけよ。それにしても、テルだなんて、ずいぶんアホみたいな名前」


「酷いっ!?」


 2人の少女は、1人の身体で言い争いを続けながら帰路につく。こうして、世にも奇妙な黒魔術師が誕生したのであった。

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